堀江被告に対する量刑は妥当か

一審維持「理解できない」=弁護人、「こじつけ」と判決批判-ライブドア事件
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080725-00000077-jij-soci

 堀江貴文被告が有罪か無罪かはここでは問いません。
 
 問題なのはその量刑と裁判長のコメントです。

 誰もが同じような犯罪を起こした場合同じような量刑ならば問題はありません。法治国家ですから。
 堀江被告が仮に有罪にしても初犯で、金額だってたいしたものじゃありません。経済犯罪の罰則は極めて軽いのが我が国の現状です。
 実際これが官僚や政治家の横領や収賄、銀行不正融資、あるいは経団連メンバーの老舗大企業の談合などならば執行猶予は3~4年、事実上無罪です。組織的な犯罪が無くならないわけです。
 
 今回の判決が 「成り上がりの若造だから刑を重くしてやれ、厳しくしてやれ」と感じるのはぼくだけでしょうか。

 今まで経済犯罪に甘すぎた、これから経済犯罪に厳しくするというのであれば納得するのですが、これまでの例からみて官僚や大企業の犯罪は恐らく今後も極めて軽い量刑が適応されるでしょう。
 
 繰り返しますが、誰もが同じような量刑ならば問題はありません。地位や職業によって量刑が異なることが問題です。税金を食い物にした悪徳官僚や悪徳企業には極めて軽い量刑が適用されるのは納得がいきません。
 これは法の恣意的運用です。

 
 それから長岡哲次(ながおか・てつじ)裁判長は堀江被告が裁判に出てこないと非難していますが。別に裁判に本人が出てこなければならない理由はありません。被告や原告が出てこない裁判はいくらでもあります。
 六法全書にどこにもそんなことは書いていません。裁判官が言っているのは「お白州犯罪者が出てこないのは何事か」と起こっているようなものです。
 つまりこのオッさんは「気分」で裁判をやっておることになります。あたしの裁判を担当した遠藤浩太郎判事も気分で判決出しましたけどね。
 
 

 それから被告は無実を主張し、反省の色がないともいっています。つまり裁判官は初めから堀江被告が有罪であると断定しています。これでは中共 の裁判と同じです。検察が有罪と判断したのであるから有罪である、その前提に裁判をおこうなうと公言しているようなものです。  
 これまた法治国家の裁判官のいうことでありません。


 裁判の被告、ことに国策捜査の被告は弁明をするな、素直に罪を認めろというのであれば裁判ではありません。我が国では裁判官が無条件に検察側あるいは警察を信じる傾向がつよくこれが冤罪を引き起こしていることは痴漢冤罪事件などを見ても明らかです。

 つまりこの長岡哲次(ながおか・てつじ)裁判長はキチガイか、極端な権威主義者か、あるいは世論に迎合する機会主義者、もしくはそのすべてでしょう。

 少なくても裁判長席にすわるべき人間ではありません。

 こういう人間が裁判を行うのは、まさにキチガイに刃物、酔っぱらいが自動車を運転するようなもので犯罪行為です。

 このような法を無視する裁判官については所属の裁判所、あるいは最高裁に抗議をだすべきです。そのような抗議が多ければ裁判官は出世ができなくなります。ひいてはキチガイ判決を抑制することになります。
単にこのブログをコピペするあるいは編集して裁判所にメールやファックスするだけでも宜しいかと思います。

 弁護士会がこれ以上弁護士が増えると法律家の質が下がると主張していますが、弁護士にしろ判事にしろ、こんな程度の低いキチガイがゴロゴロしているわけで、まったく説得力がありません。
 早急に競争原理を導入して、無能や精神を病んでいる法律家を法曹界からキックアウトすべきです。



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