財政制度分科会(令和3年11月15日開催)防衛関連資料を読むその12調達改革編

財政制度分科会(令和3年11月15日開催)の防衛に関する資料、参考資料を解説評論していきます。今回は12回目です。

https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/20211105zaiseia.html

「資料」と「参考資料」2つがあります。まずは資料の方から見てみましょう。
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20211115/01.pdf

調達改革編その5です。


根本的な原因の追究(P20)
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〇 防衛省は、なぜ部品レベルでのコスト管理やコスト抑制策等を講じることができないのか。
- コスト管理は、プライム企業任せ(ユニット部品の中身など、下請企業が供給する間接部品の実態把握等が不十分であり、コスト管理・検証体制が未整備)
- 装備品のライフサイクルが十分に考慮されていない部品選定・管理
- 代替性が乏しい自衛隊独自の要求(特殊な仕様・設計)
〇 最適な調達活動の前提となる部品やコスト管理の情報を詳細に把握するコストデータベースは、令和6年以降にパイロットモデルを稼働予定であり、未整備。
〇 部品を含めた装備品の設計・仕様の決定に影響する「装備体系の構想・確定段階」からの一貫した調達体制(権限と責任)が不在であり、仕様の見直し等を含めた調達改革の実効性が乏しい。


ひとことで言っちゃうと、当事者意識&能力がないからです。
だと身も蓋もないですが、大きい要素は2つあります。
まず、計画がないこと。これは毎度申し上げておりますが、何を何のために、何時までにいくつ調達して戦力化し、その総予算はいくらかという計画を公にしない。
当然国会も知らされていない。本来こんなシステム文民統制では許されません。

何時までに、調達が完了して、総経費がいくら掛かるか誰も知りません。国会が経費高騰を理由に予算を通さないこともありません。こんなものは軍の調達計画とはいいません。

供給サイドのメーカー(ベンダー含む)、商社にとっては事業計画が立てられません。こんなもの普通に考えたら商売じゃありません。コストが下がるはずがないでしょう。

もう一つの理由は、調達人員が少ないことです。欧州主要国と比べて一桁すくない。更に申せば質も低い。率直に申し上げて陸自を削減して、その人員を調達に回す。あるいは文官の防衛省職員の採用を増やす。
そして現在のような1~2年で幹部を移動させるような、間抜けな人事移動を行わない。トヨタやホンダなどの調達のエキスパートを雇用する。装備庁のトップは財務省の防衛担当主計官経験者を当てるなどすべきでしょう。
いまだに課業中にかけっことか棒きれふりましているやつがいるような胡乱な組織は定員を半分位していい。削減するなら将官、高級幹部の割合を大きくすべきです。そうすれば秘書や運転手など間接人員も削減できるし人件費が大幅に減らせます。

このページに【航空機開発のプロセスイメージ(P-1哨戒機の例)】という項目がありますが、それ以前の常識の欠如が問題です。
前回も書きましたが、米軍ですらやらない、専用の機体、エンジン、システムの開発という点で、既にアウトです。コストが高騰するのはバカが考えても分かる話です。
そして無理やり開発させるためにC-2との共同開発でコンポーネントを共用化する、開発費は両機で3400億円だ、という詐欺師みたいなことを言い出した。

 開発当時、哨戒機は過渡期でした。プラットホームに使える4発の機体、特にジェット機の旅客機は存在しない。しかもC-2との同時開発はリスクが大きいし、大型機開発の機会を先食いするので、将来の技術者の養成が難しくなる。

 であれば既存のP-3Cの近代化で乗り切るべきだ。主翼を再生産すれば機体寿命は新造機並みになる。エンジンプロペラ、グラスコクピット化すれば燃費もあがり、整備費、クルーの負担も少なくなるし速度も向上する。
 
 そして輸送機であるC-2の開発と生産にヒト・モノ・カネの資源を集中し、速いペースで調達すればコストも下がる。
 その間に米国のP-8などの開発や運用動向を見た上で、新型の哨戒機の開発を20年後ぐらいから行う。そうすれば大型機開発の経験を持った技術の維持も可能である。

ところが2機種同開発にし、おまけにUS-2の開発と重なったので、技術者が不足して全部やっつけ仕事になって、不具合が続出して、開発費、製造費が高騰しました。しかも今後大型機を作る予定もないので、せっかくの大型機開発生産のノウハウも立ち枯れです。

当然ならが開発費も調達費も予定の2倍以上になり、維持費も他国の機体の何倍も高い。

自衛隊機のコスパを検証する(前編)
https://japan-indepth.jp/?p=55801
自衛隊機のコスパを検証する(後編)
https://japan-indepth.jp/?p=55809

このような結果を招いた組織や関係者を、無能以外のどんな言葉で形容できるでしょうか。

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この記事へのコメント

偽陸士
2021年12月10日 12:53
対潜哨戒機なんかMRJ使っても良かったんじゃないかとおもいますが、後の祭りですね。

P-1もMRJも737にはコストも信頼性も及ばないでしょうが。
19190213
2021年12月10日 22:57
昭和の自衛隊の国産好きというのはどうもある種の米国脱却を夢見ていたような気もします。
普通に考えれば太平洋両岸どちらかを味方につけて戦うわけで、後方連絡線としての海路は確保できるのですから自国製にこだわる必要性はない。
強いて言いうならば今よりも小柄な日本人に合わないサイズの火器が多いぐらいなものでそこまで気にする必要性があるとは思えない。

それが長い年月を経て変質していったんではないかと思います。
特にソ連の脅威がなくなった後は、専ら自分らの退職後を考えていたとしか思えないですね。
平成は自衛隊においても失われた三十年になるのかもしれません。
Goodman80
2021年12月11日 10:01
19190213さん
昭和でも61式戦車の頃には未だ米軍の教えが残っており、74式の頃に形骸化、90式の頃には全く失われ現在に至っていると思います。平成の30年間ぬるま湯にどっぷりとつかり何もせず、何も考えず、予算をどぶに捨て続けたおかげで旧世代の装備を更新し続けています。まるで昔の関東軍そのものです。しかもこの腐敗は当然海空にも浸透し、予算駄々洩れ器官になっています。89式の小銃など30年以上かかっても更新できず20式の更新始める始末。
彼らには「軍人」としての意識を再び待って貰える様、再教育が必要でしょう。一般企業の様に外部顧問として有識者や米軍等に依頼するのが宜しいかと。
19190213
2021年12月13日 00:00
Goodman80さん
個人的に思うのですが、戦闘をしない軍隊並びに軍事組織というのはどこもだらしがなく暇なもんだと思います。
幾人か仏外国人部隊に参加した先輩の話をかいつまむと案外海外の方がだらしないところは本当にだらしないのですが、戦闘が近くなるとか実際に派遣されたときの話を聞くと全く別の顔になります。
そういった面を考えるとどうものほほんとした空気は抜けないだろうと思います。

陸上自衛隊は旧軍と米軍の合いの子です。
発足当初の側面を踏まえると、米国からのかなり強い要請もあった中で、財政面に苦慮していた当時の政府(彼らは決して再軍備反対であったわけではないです。)がなるべく軽装で負担の少ない形で発足したのが始まりであると認識しています。
その中で、自衛隊にあったイデオロギーの一つが米国に対する抗いであったのではないかと思います。(ゆえに変わっていったし脱却を緩やかに図った。そして失敗した。)

確かに一部に米軍の考え方とか当初の貸与装備とかそういう合いの子らしさというのはあるのですが、自衛隊の哲学自体は旧軍をベースにしたところが多いのが実情です。
例えばですが、指揮の要訣や戦闘間隊員一般の心得そういった思考のベースとなるものは実は変わっていないのです。

その点については転機となったのは野外令が出てからとも言いますから、FM-○○を丸々翻訳していた時代もあったのかと思います。
故に最初は米軍が主体的であったというのはそうなのかもしれませんね。

ただし、旧軍の哲学的要素が壊滅的に悪かったのかというと必ずしもそうとは言えません。
確かに、情報を軽視し自己の都合の良いように解釈するといったバイアスが強い側面(旧陸軍は実は卓越した情報機関を持っていました。が・・根本的に情報をとってもそれを精査し製品に仕上げる力や部署がなかったと言えます。)、殻に閉じこもって外(外国の軍隊)を見れない体質というのは悪い面として継承しています。

ただし、前述の指揮の要訣、戦闘間隊員一般の心得、幹部或いは曹士としての在り方というのは決して間違いではないと考えます。
指揮の要訣とか会社でも普通に使えますからね。

旧軍というとひたすらに悪い側面がクローズアップされがちですが装備体系にしてもベースが貧弱な国力の中でどうやって戦力化するかといったことはしっかり考えられています。
何が悪いのかといえば、喧嘩を売った相手とそもそもの国家の科学技術力及び産業の差というのが根本にあるので全てを否定はできません。
寧ろ陸自よりも考えられています。
(使いこなせなかったお偉方が悪いとしか・・)

国家によって陸戦の哲学はまちまち違うところはありますよね。
例えばですがソ軍では、補給に重きをおいていたり(野外令は勿論、重装備のデポ、兵員の航空機による機動(重装備は現地デポ)、鉄道網の戦略機動、トラックの民間からの徴収体制、戦車の足回りの簡略化により現地整備をしやすくするなど)、広大な国土と重工業が発展していたならではの戦い方を知っていますし、戦闘後に兵とともににツールボックスミーティングやれよとか、兵器の使い方は常に研究しろよ(ゆえにシルカをはじめ対空火器を対地用に転用したり発想が柔軟だったんでしょうね。)とか意外と先進的なところもあります。

それぞれ、国情に併せた側面もあるので各々思索することは間違いであるとはおもいません。
しかしながら、殺し合いからたしなみやスポーツとして変化していった剣術のように、目的が異なれば次第に変質していくのはやむを得ないのだと思います。
各国がそれぞれ考え装備し訓練し戦力化する。
これ自体は別段に不正解とは思いませんが、戦闘を目的としないといった言わばスポーツ化現象を引き落としたことに端を発して諸問題が引き起こされたのだと思います。

ですので仮に米軍から指導を受けても一時的には改善しても継続しなければいつまでたっても自力で歩けない。
処方箋としては、他国から指導を受ける+実際に戦闘に参加する。
といったものでなければ永遠にバブバブ状態ではないと思います。

”ただし、それが国民の幸せとなるかは別問題”なんだと思う次第です。