【国家の品格】藤原正彦教授は現実主義者か、共産主義者か?その⑤

 藤原氏は「従業員は、多くの場合会社を愛している。日本の企業では愛社精神が強い」と、社員は愛社心に溢れていると説きます。それが日本流だと。
 ですが、アメリカでもヨーロッパでも南アフリカでも堅実な企業では従業員の定着がよいものです。別にこれは日本だけの現象ではありません。
 盲目的な日本特殊論はことのと本質を見失うだけです。

 戦後日本の会社の定着率がいいと云うのは大企業に偏在しています。まあ、それでも一般的に他国に比べて定着率が高いのは事実でしょう。
 それは定年まで面倒を見てくれる。若い頃は働きに比べて給料が低くても後でぐーっと給料が上がる、という暗黙の了承があったわけです。そのような環境では一度入った会社を途中で辞めることは会社に貸したツケ=債権をみすみす放棄するようなものです。
 ですから転職率が低い=愛社精神が強い。道徳心が高いとは一概にいえません。

 ところがぼくらの親の頃はこれから給料がグーッと上がるというときにオイルショックがあり、随分損をしました。ぼくらの世代はそういう親たちの姿をみているわけです。
 しかも高度成長時代が終わった今、かつての優良企業、大企業、所謂「良い会社」も倒産したり、他の会社に吸収されたりすることが増えています。
 こうなると歳をとったら厚遇というのは空手形に終わります。また退職金だって必ず払ってもらえるかどうかというのはそれこそ博打ですらあります。

 藤原氏に言うような「良い大学」を出「良い会社」にはいるというのは「寄らば大樹の陰」であり、自ら人生のリスクマネジメントを放棄する行為であります。さんざん滅私奉公したあげくに失業者となる可能性もあります。
 それも人生かもしれませんが、そういう人生が好きなのは演歌にでてくる女ぐらいで、実世界の人間は誰も望んでいないでしょう。

 若いときは安い給料でも我慢して働け、というのは企業の論理であり、若い世代はそういうことを見抜いています。ですから、労働流動性は高くなっているわけです。

 会社に一生を預けて黙々と働くというのは、自らの思考を放棄した行為でしかありません。

 無論、企業と働く人間は相互に良い関係であるに越したことはありません。ですが、それはかつての高度成長期とは異なった関係であるべきです。
 藤原氏の言説は高度成長期への極めて感傷的なイメージであって現代では全く通用しません。ノスタルジーは問題解決の処方箋にはなりません。

 ぼくもアメリカ式の株主が絶対ということは肯定しません。アメリカ式の四半期ごとに過大な利益を生み出すことを要求すれば、会社の経営は短かいタームでしか考えられません。
 アメリカの経営者は多くの場合、社員からの持ち上がりでありませんから、社員たちとの距離があります。ですから目先の利益が確保ひねり出せるんであれば次の日にでも平気で工場を閉めて、従業員を平気で解雇します。

 リーバイスは米国のジーンズ工場を締めて、工場を人件費の安いフィリピンに工場を移しました。従業員は解雇されたわけです。短期的には利益が上がるでしょうが、長期的には国内の製造業の衰退を招くでしょう。

 米国ではホワイトカラーの首切りが深刻です。クビを切られたホワイトカラーが職を失い、ハンバーガー屋で高校生に混じってハンバーグを焼いたり、フレンチフライを揚げたりするような光景がみられます。
 
 このようなミドルクラスを激減させることは、第三世界と同じ一部のカネ持ちと大多数の貧乏人という社会をつくります。
 ミドルクラスが減ると、個人消費が減り、中クラスの商品が売れなくなります。極端に言えば車でいえばベンツやロールスロイスと、原チャリしか売れなくなるような社会です。
 
 このようないびつな社会ではRVやSUV、中型セダンなどの大量生産されるような車は売れなくなる。工業には必要な生産規模と多方面にわたる協力企業の存在が必要ですが、それらを維持できなくなる。つまりその国では自動車工業が成立しなくります。
 
 そうなれば工業は徐々に衰退していくでしょう。既に米国ではその兆しが見えています。米軍の採用する小火器の多くは欧州製(ないし欧州メーカーの現地生産品)です。また装甲車輌、電子装備、無人機なども欧州、イスラエル、日本製などが少なくありません。

 成熟した先進国は製造業から金融やITなどソフト化産業に移るから大丈夫といった意見もありますが、ぼくは誤りだと思います。製造業なして多くの人口を抱えることはできません。特に我が国のように天然資源の少ない国では尚更です。

 このように短期決戦型経営は長期的にみれば非常に非効率です。
 経営陣が自分たちの給料やボーナス、退職金を上げるために会社を切り売りしたり、経理上の数字をいじくったり、会社の売買をしたりして目先の数字をよくします。
 が、長期的な投資や従業員のスキルアップなどじわじわ効いていくような投資は行いたがらなくなります。それは長期的に企業の体力、競争力を削ぎ、破綻にと向かうでしょう。

 また、工場や事業所が閉鎖されれば、失業者が増え、また会社が地域に落とす税金やカネも減りますから、地域経済に与える影響は小さくないでしょう。自動車生産工場のような大規模なものであれば、特に地域に甚大な影響を与えます。
 
 アメリカではウォルマートのような大規模小売店が出店すると、まず周囲の小売店を潰します。周囲の小売店を潰した後は、その地域の客を独占できます。
そこであぶれた人達は極めて低い賃金と悪い条件で、その大規模小売店に職を求めることになります。

 しかも、その地域の経済が悪化すれば大規模小売店はさっさと従業員のクビを切り、撤退します。となるとその地域には小売店が無くなり、しかも更に失業者が増えることになり、更に衰退するでしょう。
 このような大型小売店の商法はある種、焼き畑農業のようなもで、その企業が荒らした後はこれまた地域の自治体や国家が多大なコストをかけてケアしなければなりません。

 そのコストは地方自治体や国が被ることになります。つまり目先利益を優先する企業は国家がコストを負担させていることになります。
 それは反社会的な所行でしょう。
 企業も社会の構成員ですから、最低限の守るべきモラルや責任は存在しますし、それを遵守すべきです。
 
 ですが、藤原氏の言うように投資家が株の値上がりを期待するはケシカラン、というのであれば株式市場を閉鎖しなければなりません。そうすると経済の血液たるカネがまわらなくなり、経済は不活性化するでしょう。まして国営化すれば経済原理が働くかなくなり、更に経済は悪化するでしょう。

 要は健全な市場で競争原理を維持しつつ、企業は目先の利益にとらわれること無く、中長期的な視野で利益を目指すことが一番利益になるような仕組みを新たに構築していくとが必要です。

 そのためには、例えばインチキをすれば非常に思いペナルティを課すことです。例えば談合したらその企業が潰れ、役員は一〇〇年単位の懲役と無限責任を追及されるのであれば、談合は今のより減るでしょう。
 企業側は株主が長期にわたって株を保有したくなるような経営をすれば宜しい。特に今後も増えるであろう個人投資家に対するアピールや情報開示は重要性を増すでしょう。
 また株主に対して相応の配当ができるように努力すべきでしょう。

 経営陣だけバカ高い給料をとると会社全体のモラルが低下しますから、株主はそのようなことが無いように経営を監視すべきです。その意味では未だに多いシャンシャン総会は有害です。
 
 また社員にしても週の三日出勤とか、10時から4時までの出勤とか勤務時間も多様化する必要があるでしょう。そうすれば二足の草鞋を履く人も勤めやすくなるし、出産で辞める女性社員も減るでしょう。会社にとっても人件費を圧縮できるし、多用な人材を採用できる。またせっかくコストをかけて育てた女性社員をムザムザ手放すこともなくなるでしょう。

 過去の生涯雇用を維持するのは不可能です。ですからもっとちがった形で長期雇用が可能なシステムを構築すべきでしょう。
 
 繰り返しますが、もはや高度成長期には戻れないんです。


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