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zoom RSS 「走れメロス」の思い出

<<   作成日時 : 2016/03/31 18:18   >>

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中学の2年あるいは3年生だったころだと思いますが、国語の授業で太宰治の「走れメロス」が課題の感想文を書かされました。
 ぼくは小学生中学年からSF少年で、乱読気味でした。歴史物から、深代惇郎の天声人語、三鬼洋之助などのビジネス物から、月刊現代とか文藝春秋とかも読んでおりました。起業しようと思ったのも、このころ日本マクドナルド社長の藤田田の本を読んでいたからでした。当時年に200〜300冊ぐらい本を読んでいたような気がします。
 夜遅く本を読んでいると親に怒らるので、布団に入って懐中電灯で本を読んでおりました。そうしたら、小学6年時にR1.5L1.3だった視力が、中学1年ではR0.3、L1.2ぐらいに落ちてしまいました。利き目の右だけが視力が大きく落ちて、以後視力は転げる坂のように落ちました。近年元集英社の名物編集長だった、島地勝彦氏のエッセイを読んでいたら彼も同じことをして、同じように視力が落ちたとのこと。
 これがなければ、未だにメガネのお世話になることもなかったのかもしれません。
 
 ところが日本文学は全く興味がありませんでした。宇宙戦艦も、宇宙人も、ロボットもでてこないんだもん(笑
 だけど日本文学のゴシップだけは詳しかったりしました。まあ夏目漱石も読んだことがないのですが、その後お孫さんの夏目房之介氏の知己は得ております。

 そんなわけで太宰治といえば、女と心中起こしたり、賞取るための運動とか画策したりしたアレな作家でしょうが。そんな男がこんなお涙頂戴なインチキ臭い話を書かれても、ハイそうですかと感動できませんぜ、てな、ことを感想文に書きました

 そうしたら担任で、国語の女の先生に呼びされて怒られました。
 「なんで褒めないか」と。

 だって、「感想文」でしょう?
 自分が思ったことを書いちゃダメなんですかね。
 例えば志賀直哉なんか、巧いとは思うけど、シンパシーは感じないわけですよ。
 有名作家の作品が全部好きだとは限らないでしょう。
 それが嫌いだと言って自分の感性を疑われてもねえ、てな話です
 どうも先生という生き物は権威に弱くて。
 
 この件は平行線で、ぼくが悪いということのままでしたが、書き直しには応じませんでした(もしかすると棒読み的なものを書いたかもしれませんが、何分昔の話なもので。

 その後何度か漢字の書き取りテストがあったのですが、全問正解の回答を書いておいて、回答の跡がわかるように全部消して、提出しました。もちろん0点ですが、これはこれで呼び出されました。

 今にして思えばどうせ教師の見識なんぞたがが知れているのだから、相手が喜ぶようなものを書けばよかったと思います。もっともカネも貰っていないのにそんなサービスする必要が無いと当時は思ってたのでしょう。
まあ、未だに金をもらっても媚びへつらったりする原稿は書けませんが。

 まあ、感想文コンクールで金賞もらうような奴の文章は得てして面白くもないわけです。
 ことろが、こういう天邪鬼な奴がプロの物書きになって、小説までかいたりしちゃうわけです。
 あそこで、教師が喜ぶような文章を書いているような子供は、視点も固定されており、疑うことを知らないので、プロの物書きにはなれません。


 さて、現代の中学校の国語教育がどうなっているのか知りませんが、あんまり大人の了見の狭い「常識」で子供を判断したりしない方が、子供の個性が伸びるような気がしますが。いかがでしょうか。

 国際的に通用する人間を作りたいならば、国語の時間を削って小学校から英語を教えるよりも、日本語でキチンと自分の考えを伝える技術を身につけさせる。また生徒の主張を頭ごなしに否定するのではなく、主張は稚拙でも、オリジナリティのある意見を肯定的に主張をさせる雰囲気を作るべきでしょう。
日本語で自分の意見もいえない人間が英語で自分の意見を言えるわけがありません。外国では自分の意見を言えない人間は相手にされません。


東洋経済オンラインに以下の記事を寄稿しました。
東芝、国から迫られた「賠償金12億円」の顛末
防衛事業をやり続ける必要があるのか
http://toyokeizai.net/articles/-/111619

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コメント(12件)

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>主張は稚拙でも、オリジナリティのある意見を肯定的に主張をさせる雰囲気を作るべきでしょう。

 そんなことできるわけがないでしょう。
 だって学校は一定の基準に基づいて、1番から最下位までの序列を人間に与えるために存在しているんですから。
 オリジナリティを肯定して、どうやって序列を付ければいいんですか?
 もっとも、私はこういう考え方は嫌いなんですが・・・
ひゃっはー
2016/03/31 18:39
お邪魔します。

 一神教の世界では「唯一神相手に『そこを何とか』は通用しない。だから自らの言動が戒律等に違反しているか否かを"必死に"考えるしかない。」から論理が発達したと読んだ事があります。一方人間関係で秩序を構築した中国では、韓非子の『説難』にみられるように相手の"真意"を読む事が必要になります。自然に恵まれ、外敵も乏しかった日本で怖いのは「仲間外れにされる事」なので、日本人は心情や"空気"を読み、それに合わせる事に特化しました。

>外国では自分の意見を言えない人間は相手にされません。

 日本で自分の意見をはっきり言えば「不人情」だの「KY」だの言われます。つまり日本と外国のどちらかで通用する事を目指せば、もう一方では通用しなくなるわけで。

 例の教師ですが、おそらく清谷様のような感想は「想定外」だったのでしょう。で「自分を困らせた」事に対して怒ったのではないかと思われます。
ブロガー(志望)
2016/03/31 23:15
私も、米国に大学に入学したばかりのころ、教授の意見に対立したら歓迎されて衝撃を受けました。 むしろ「ただ受け入れる生徒=議論に参加してない」となるのです。 日本ではお互いの人格を否定せずに意見を戦わせる訓練はしないですよね。 母国語で討論のお作法を教えず「英語で討論ができる程度」と聞いて吹き出しました。
 
「空気読め」と集団催眠を掛けて議論を殺そうとする大人はいますね。 私の目標はKD(estroyer)です。 読めるけど、そのまま飲み込まれずに壊すのです。 結局は日本で生き残れずシリコンバレーというKY保護区にたどり着きましたが。 そういった意味ではブロガー志望さんの言われるパターンそのままですね。
えいち
2016/04/01 02:25
清谷様

当時の場面が絵になるようなお話ですね。よくわかります。日本では、日本語のディベートも含めて議論の訓練が欠けている点は問題だろうと思います。

個人的には、私も日本語教育を徹底した方が良いという考え方です。

ところで、東洋経済に清谷様が書かれている東芝事件ですが、アメリカのように最初に開発経費を決定し、それよりも上まわった場合は、企業側が負担するというシステムにはできないものでしょうか。別件で申し訳ございません。
ブリンデン
2016/04/01 11:24
そういえば、走れメロスでは過去にこんな課題提出があったのを思い出しました。ズバリ「メロスの全力を検証」。良く調べたもんですw
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1402/06/news071.html
他にもこの作品はパロディー化し易いのか様々なネタを提供してくれる「秀作」だったりします。
http://matome.naver.jp/odai/2133865518306659201
http://matome.naver.jp/odai/2133643924320809601

>ところが日本文学は全く興味がありませんでした。宇宙戦艦も、宇宙人も、ロボットもでてこないんだもん(笑
草不可避wwwまあ、仰る通りなんですが過去を紐解けば結構どころかトンデモな作家さんやその作品群、はたまた偉人さん達がいたりするので、先生の仰る様に「ゴシップ」ネタから入るのは良い切っ掛けになるかもしれません。有名なコピペだと・・・

>アマテラスは引きこもり、紫式部は腐女子、清少納言はブログ女、紀貫之はネカマ、かぐや姫はツンデレ、
聖武天皇は収集ヲタで正倉院はヲタ部屋、後白河法皇は最新流行の追っかけ、秀吉はコスプレじじぃ、
狂言は第一次お笑いブーム、鎌倉末期は新興宗教ブーム、戦国の茶道は萌え喫茶ブーム
江戸期に入るとエロパロ二次創作がこれでもかってぐらい溢れかえっている。

事の良し悪しは置いといて、日本人は伝統的に変態遺伝子を受け継いでいるのは事実だ。
外国人から指摘されたとしても悪びれる必要はない。堂々と千年変態だと答えればいい。

みたいのもあったりするので、ぶっちゃけ興味を持つ入口は色々な形があって良いと思います。
北極28号
2016/04/01 11:59
再びお邪魔します。

 「友情は大切だ」というのは「国語」ではなく「道徳」ではないかと思われます。

 「自分の」意見を述べるにはまず「他者と自分との違い」を意識せねばなりません。故に小説には「自分とは違う(主人公を含む登場人物の)視点で違うもの(世界等)を見る」という意味があります。『メロス』で言えば「義憤に駆られて無謀に走り、大見えを切って苦しい中それを振り返る」といったところでしょうか。その意味では「太宰治の人物評価」は「自分の視点を動かそうとしていない」という点でやや「外れている」とも言えなくもないですし、「作品」で語るのであれば「屈折した太宰治と単細胞のメロスとの差異」に注目すべきかなと。
ブロガー(志望)
2016/04/01 23:22
キヨタニさん、なかなかに捻くれた少年時代をすごしていますね。
まあ、今のキヨタニさんのルーツを垣間見るエピソードでした。
とは言っても型にはめる教育は善し悪しがあるので、何とも言えないところではあります。
現状では弊害が出始めたってところなんでしょうね。
八王子の白豚
2016/04/02 15:31
連投すみません。
そう言えば「走れメロス」は実話を元に書かれた物語で、太宰とその友人、借金取りをそれぞれメロス・セリヌンティウス・王にあてはめたものだそうです。
で、太宰がどうしようもないクズなのはメロスのように友を助けることなどせず、テメェの借金のかたに借金取りに預けた友を見捨てたという話だったそうですよ。
文豪とやらは人間としてどこか逝かれてないとなれないもんなんですかね?
八王子の白豚
2016/04/02 15:42
先生も人並みということ。

逆切れして嫌がらせをされなかったのが、せめてもの救い。

分析力に優れ、発想が柔軟な教師は理想だが、殺せんせいのような教員はほとんど居ないだろう。

あ〜あ、あんな先生がいてほしい!
真の愛国者ゆりか
2016/04/03 04:10
「感想文」ですもんねぇ。何を書こうが、そら自由ですよ。それからスレ違いで申し訳ありませんが↓

>これマジ?96式装輪装甲車と比べて貧弱過ぎるだろ!

http://blog.livedoor.jp/corez18c24-mili777/archives/47122476.html

装輪装甲車(改)の試作車のようですね。以前に旧技本から公開されたイラストなどと比べると、だいぶサイズが小さくなったような印象を受けます。でもスラットアーマーやら底面用のV字型装甲やら採用するようですね。少なくともV字型装甲は標準装備してもらいたいですけど。それからRWSも採用するようですね。例の国産品でしょうか?導入するならプロテクターはじめ、諸外国ではいろいろなRWSが開発・製造されているわけですし、それらも輸入して比較検討すれば良いのに(アサルトライフルだって、そうしたわけですから)。
KU
2016/04/03 07:40
今からでも遅くはないので、「坊っちゃん」「蜘蛛の糸」「李陵」とかを読んでみてはいかがでしょうか。
ひゃっはー
2016/04/03 11:27
三度お邪魔します。

『走れメロス』で以下のページを見つけ、色々思いました。

現代文のテストで、小説を出題する意味がわからないのですが。自分は... - Yahoo!知恵袋
<http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14156617664>

>そうしたら担任で、国語の女の先生に呼びされて怒られました。
>「なんで褒めないか」と。

 「太宰治の実像を知ったから褒める気になれない」というのが中学時代の清谷様の感想文の主旨だと思うのですが、それについてこの教師がどう考えていたのかと思ったりします。

 他の記事で清谷様が自衛隊の衛生実態を批判している件について、「本音は『戦争・戦闘けしからん』だろう」というコメントがありました。それは「包帯なんかで敵を倒せるか」という認識と「戦争・戦闘は人間がするもの、その人間の適切な"メンテ"が無ければ戦力は維持できない」という認識の違いではないかと思われます。
ブロガー(志望)
2016/04/03 20:42

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