法律より道徳と感情を優先するのがリベラルと法治国家か

法律より道徳と感情を優先するのがリベラルと法治国家か

「14歳と同意性交、捕まるのはおかしい」立憲議員発言
https://digital.asahi.com/articles/ASP676TZPP67UTFK010.html
>刑法で性行為が一律禁止される男女の年齢を現行の「13歳未満」から引き上げることを議論する立憲民主党の「性犯罪刑法改正に関するワーキングチーム(WT)」で、出席議員が成人と中学生の性行為を肯定する発言を繰り返していたことがわかった。WTは7日、中学生以下との性行為の禁止を求める報告書をまとめる予定だったが、見送った。


>本多平直衆院議員(56、比例北海道ブロック)が「例えば50歳近くの自分が14歳の子と性交したら、たとえ同意があっても捕まることになる。それはおかしい」と発言した。同月下旬のWTでも「12歳と20歳代でも真剣な恋愛がある」「日本の『性交同意年齢』は他国と比べて低くない」との趣旨の意見を述べたという。

>「性交同意年齢」は、性行為の同意能力がある年齢の下限とされ、日本は刑法で13歳未満との性行為を禁止している。100年以上前から基準が変わっておらず、国際的にその低さが指摘される。

つまり現行法では違法行為では無いわけです。
その法律を変えるという議論であるから、あらゆる可能性や意見を忌憚なく述べて討議するべきです。ところが、リベラルな人たちはそれを「不道徳」だと叩くわけです。
以下はその典型例。

>島岡まな教授「先進国だったら議員辞職くらいのレベル」
 発言を聞き、驚いて絶句した。日本では今まで問題にされなかったと思うが、先進国だったら国会議員辞職くらいのレベルだ。海外の先進国では、対等な関係がなければ、恋愛とはみなさない。
>成人と中学生の場合、真摯(しんし)な恋愛関係は成りたたないという姿勢を刑法で示すことが大事だ。

>ロマンチックな恋愛だと思わされているだけで、権力側の男性に都合のいい論理だ。それが社会に蔓延しているから、おかしいことに気づかない。



島岡まな教授のコメントは有る種の差別発言ですが、本人自覚はないのでしょう。
これは換言するとイスラム教などを国教とする「遅れた野蛮な国」であれば、そういうことは許されるが「進歩的な」我が国や欧米では許されない、という主張であり、途上国を差別する発言です。

不思議なのは普段法治を口うるさく言っているリベラルの人たちは、成人が男女問わず高校生や中学性と性交すると、条例によって逮捕されたりすることに異議を唱えません。女性は親の同意があれば16歳でも結婚できるわけです。

ところがこれら条例は結婚を前提としない性交は不純、ふしだらであり、処罰するべきだというものです。それは道徳です。法律よりも道徳を優先するは法治国家ではありません。

これがOKならば、例えば東京都が条例でタバコの投げ捨ては死刑でも許されるということになります。

これに対してリベラルの人たちやメディアは声を上げたことを寡聞にして聞いたことがありません。

国が決めた法律よりも、自治体の決めた条例が優先されるのはそれこそ「遅れた途上国」です。それの現状を若者の「操」を守るためだと喝采するのがリベラルのようです。彼ら唾棄している頑迷な保守とこの点は同じです。

18歳以下との性交が「不純」「不道徳」であると主張するのであれば、未成年の性交を法的で禁止すべきです。また結婚を前提としない性交が「不純」「不道徳」であるというのであれば、成人に対しても「婚前交渉」は禁止にして男女ともに適用する「姦通罪」でも設けるべきでしょう。
それとも成人ならば「不純」「不道徳」な性交は許されるのでしょうか?

本来この種の法律は社会通念やその変化に併せて、法律を変えていくべきであり、だからこそ「性犯罪刑法改正に関するワーキングチーム(WT)」行われたのではないでしょうか。そこでの発言を、道徳を立てに吊し上げるのは言論封殺であり、自由な討議を阻害するもものであるわけで、まるで国防婦人会のようです。

こういうところに底の浅い脊髄反射するのが「正統的なリベラル」だと認識されているから、我が国の政治や言論が貧しいのではないでしょうか。

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