電気自動車は「正義」か?

電気自動車は「正義」か?

既に欧米を中心に地球温暖化のためにはすべての自動車をEV(電気自動車)にしろという話があたかも絶対正義、あるいは自明の理のように語られており、それに異を唱えると「異端者」「魔女」呼ばわりされそうな感じすらでてきました。

ですがEVが自動車の最適解でしょうか。
かつてのグリーエナジーは穀物メジャーが強力なロビーイングをやっていました。環境のため、CO2削減のためとっていましたが、とうもろこし燃料にするのはいかにも怪しげな話でした。例えばアマゾンの森林を全部とうもろこし畑にして燃料作ればそれはエコか、ということになります。環境負荷を考えればサトウキビのカスとか、廃材とか不要なものを使う、あるいは効率的に培養できるユーグレナなのようなものであれば、合理性はありますがとうもろこしでは説得力がありません。

ですがそれがブームになって政府が動き出し、挙句の果てにまるで毛沢東の大約新計画みたいな「偉大な失敗した実験」におわるることもあるわけです。

【独自】「飛び恥」なくす…航空新燃料SAFを羽田と成田で備蓄へ
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20210410-OYT1T50240/


電気自動車が「排ガス」
電池製造でCO2、再エネに期待

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO70853300Z00C21A4MY1000/

>電気自動車(EV)は「排ガス」を出さず脱炭素にうってつけの技術に思えるが、死角がある。製造時にガソリン車を上回る二酸化炭素(CO2)が出る。さらに、充電する電気がクリーンでなければ、電気を使うたびに温暖化ガスを排出しているようなものだ。2050年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにしようと、日本などの主要国は30年代にガソリン車の新車販売を禁じる。EVの普及は切り札になるのか、それともイメージ先行なのか。

>20年12月、欧州連合(EU)の欧州委員会がEVなどの電池の生産に環境規制を課す案を公表した。24年7月から、製造から廃棄までのCO2排出量の報告を義務付け、27年7月には排出上限を定める。


>盲点は動力源の電池だった。EVにも力を入れるマツダは19年、工学院大学教授だった稲葉理事長と共同で、先行研究も参考にして分析した。製造工程全体でEVはガソリン車の2倍を超えるCO2を排出する計算になった。EVは電池をつくるだけでエンジン製作の4~5倍となる約6トンのCO2を出すという。主流のリチウムイオン電池は多様な金属の化合物を使い、金属の製造や化学工程で大量のエネルギーを消費する。

>米アルゴンヌ国立研究所の研究者が19年に公表した論文によると、リチウムイオン電池の製造ではリチウムやマンガンなどでできた正極材料の作製に最も多くのエネルギーを費やす。全体の4割を占めるという。リチウムイオン電池に使うアルミニウムの製造にも大量の電気が要る。

>充電の電気がCO2と関わっていても、走行距離が長ければEVが有利になる。だが米国では6万キロ、欧州では7万6千キロ走って、やっとEVのCO2排出量がガソリン車を下回った。日本では11万キロの走行が必要だった。

>EVとガソリン車の比較を巡っては英国で20年に「EVがガソリン車よりCO2の排出を減らすには5万マイル(約8万キロ)も走る必要がある」との趣旨の試算を自動車会社と関わる団体が公表し、一部報道で「(ガソリン車を有利に見せる)誇大広告だ」との批判も出た。


工業製品の環境負荷を評価するライフサイクルアセスメントに詳しい日本LCA推進機構の稲葉敦理事長は「欧州の規制に対応できるように日本の規制の枠組みも考えないといけない」と指摘する。

なぜEVにも規制が必要なのか。ガソリン車はガソリンをエンジンで燃やし、CO2などを出して走る。EVは電池にためた電気で必要な運動エネルギーを得る。電気でモーターを動かし、走行時にCO2を出さない。だからこそクリーンな車とされてきた。

盲点は動力源の電池だった。EVにも力を入れるマツダは19年、工学院大学教授だった稲葉理事長と共同で、先行研究も参考にして分析した。製造工程全体でEVはガソリン車の2倍を超えるCO2を排出する計算になった。EVは電池をつくるだけでエンジン製作の4~5倍となる約6トンのCO2を出すという。主流のリチウムイオン電池は多様な金属の化合物を使い、金属の製造や化学工程で大量のエネルギーを消費する。

米アルゴンヌ国立研究所の研究者が19年に公表した論文によると、リチウムイオン電池の製造ではリチウムやマンガンなどでできた正極材料の作製に最も多くのエネルギーを費やす。全体の4割を占めるという。リチウムイオン電池に使うアルミニウムの製造にも大量の電気が要る。

EVは充電の電気がクリーンかどうかも問われる。自宅や充電ステーションの電気は多くが電力会社から届く。太陽光、水力、風力など再生可能エネルギーや原子力発電の電気であればCO2排出は抑制される。化石燃料を燃やす火力発電の電気なら、CO2を出しているとみなされる。

再生エネの割合は国によって違う。マツダと稲葉理事長は日米欧中豪の5カ国・地域について、「製造」「使用」「廃棄」などを通じたEVとガソリン車のCO2排出量を比べた。

充電の電気がCO2と関わっていても、走行距離が長ければEVが有利になる。だが米国では6万キロ、欧州では7万6千キロ走って、やっとEVのCO2排出量がガソリン車を下回った。日本では11万キロの走行が必要だった。

米国はガソリン車の燃費などが悪く、EVが有利になりやすい。欧州は再生エネや原子力発電の割合が高く、CO2をともなう発電が少ない。日本はガソリン車の燃費が良いうえに火力発電頼みが裏目に出る。結果として、EVが多くのCO2を出す。マツダは研究を踏まえ、あえて電池の容量を抑えた同社初の量産型EVを1月に発売した。

EVは真の温暖化対策になり得るのか。京都大学の藤森真一郎准教授らは、世界で50年にEVが100%導入された場合の未来をコンピューターで描き出してみた。CO2排出量の削減効果をシミュレーションしたところ、火力発電に依存した現状のままでは、EVを大量導入してもCO2排出量はほとんど減らず、増加する可能性すらあった。

藤森准教授は「EV製造時の排出量削減やエネルギー効率の向上、供給する電気の再エネ化などを進めないとEV導入の脱炭素効果は上がらない」と指摘する。

EVとガソリン車の比較を巡っては英国で20年に「EVがガソリン車よりCO2の排出を減らすには5万マイル(約8万キロ)も走る必要がある」との趣旨の試算を自動車会社と関わる団体が公表し、一部報道で「(ガソリン車を有利に見せる)誇大広告だ」との批判も出た。

製造時のCO2の排出量については研究によってまちまちで評価が定まっていない面もある。それでもEVの導入がムダだという専門家は少ない。EVが切り札になるかどうかは国を選ぶ。EVは各国・地域が再生エネの導入や製造工程の脱炭素化に真摯に取り組んでいるかを映す鏡なのだ。


つまりCO2削減のためにはまず電力ソースである発電を「クリーン」にしなければならず、また電池や車体などの製造も含めたライフサイクルでのCO2削減が、その他の動力の車輌よりも優れている必要があります。

ところが、特に欧州を中心に政府、業界、メディア、環境団体までがEVこそが正義であるかのような、まるでEV十字軍の様相を呈しています。

別な問題としては冬のシベリアのような極低温や砂漠のような高温地帯において、確実にEVが稼働でき、性能を発揮できるのかも問題です。

また「給油」をどうするのか?内燃機関の燃料補給ほど短時間に「給油」はできません。急速充電のための技術も必要です。更に電池の廃棄や再利用も完備しないといけません。

これは民間もそうですが、軍隊でも大きな問題でしょう。更に軍隊では兵站を入れ替えないといけないので、深刻な問題です。そして充電時間も問題です。同時に多くの車輌を短時間で充電することは不可能なので、電池を標準化して、しかも取り外しを容易にしないといけません。であれば、既存の車輌の手直しでは済まないということになります。

例えば既存の内燃機関、あるいはより効率の高いハイブリッド機関にそのまま使える、いわゆる「ドロップイン」が可能な燃料を使う方が合理的でしょう。それもいきなり「グリーン燃料100%」とはいきませんから徐々に変えていけば現実的です。
環境負荷の順に石油由来燃料>天然ガス由来燃料>バイオマス(不要品由来)・藻、という順になるでしょう。それが可能であれば軍民問わずに既存のインフラを使えます。

いきなりEVありきだと、痛みを伴って結局大失敗だったということになりかねません。

また車輌以外のビークル、即ち艦船や航空機ではむしろ「ドロップイン」燃料を採用する方が有望でしょう。艦船の場合は統合電気推進と合成燃料の組み合わせが有望だと思います。とくに今後は推進以外の電力の増加は続くでしょうから尚更です。
米海軍の調査によれば強襲揚陸艦の場合、統合電気推進を採用した場合に40年のライフサイクルで250万ドルの燃料費が浮くとのことした。

既に米軍では既存の燃料と合成燃料のブレンドを既にしようしています。もっとも計画は順調には行っていないようです。これは推進派であったオバマ政権から反対派になったトランプ政権になったことも影響しているようです。
それもバイデン政権になって潮目が変わっているようです。米陸軍はキネテックと組んだBAEシステムズに3千200万ドルでブラッドレーICVのハイブリッド型試作車両2両の製作を契約しました。

今一度冷静になって、何が環境負荷に最も優しく、また現実的で変革の痛みがすくない手段なのかを模索するべきだと思います。
理性なきEV十字軍では「大約新計画」になる可能性が少なくないかと思います。

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