【ノーベル賞】権威に弱く、自分で優れたものを優れていると言えないのが日本人の弱み

ノーベル賞:「泥にまみれる」…大村さんミクロの大仕事
http://mainichi.jp/feature/news/20151006k0000m040040000c.html

 受賞した方は大した業績を残されたのだと思います。

 ですが、なんで日本人って、ノーベル賞に弱いんでしょうね。それまで見向きもしなかったのに、ノーベル賞を受賞するとカネや太鼓叩いて大騒ぎする。
 これは科学技術に限らず、他の分野などでも同じです。映画でも外国の映画賞をとるととたんに見に行く人が増える。

 アカデミズムでも外国で認められると、それまで異端と言われていても、急に日本でも認められるようになります。

 まあ、日本の勲章は欲しくないけど、ノーベル賞は欲しいと浅ましい受賞に向けての営業に熱心だった某作家の先生もおいででしたね。

 白人様の偉い人達が「権威」がすごいと認めてくれないと、すごいと認められない。
 これは一種の権威主義です。

 これは女子高生やOLがヴィトンのバッグを欲しがるのと同じです。

 誰かが優れている、銘品だと保証してくれないと不安でしょうがない。
 一旦お墨付きがつくと、本当に優れているかどうかなんぞ気にもしないで大枚を叩いたりします。

 ですが、優れていはいるが無名の新人を発掘することはできません。


 つまりそれは自分で考えない。自分で評価ができない、ということです。
 それは信念も、自分中のものさしもなく、確固たる信念もないということです。

 既に21世紀なって久しいわけですが、もう少し自己、あるいは自分のスタイルを持つべきじゃないでしょうかね。

 特に作家やクリエーター、アカデミズムという、本来そのような資質がとても重要な分野の業界ですら、この手の権威主義がはびこっているのは極めて悲しい現実です。


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