シビリアンコントロールと守屋次官とマスメディア

 昨今防衛省がらみの不祥事が相次いでバレております。守屋次官の商社との癒着、海自の給油量のごまかし、ミスの隠蔽、航海日誌の「処分」等々。

 まずシビリアンコントロールの観点から海自の責任は極めて大きいといえます。ですが、メディアが問題としない点があります。

 それは、他国と違い自衛隊(制服組)の上部に内局が君臨するというシステムです。多くの一部学者やメディア含めて、国民はこの「官僚統制」(この問題でこの言葉を使いはじめたのは恐らくぼくでしょうが、最近は随分とあちこちで使かわれているようです)こそがシビリアンコントロールと認識しております。
 
 が、これは世界的に見て極めて特異なシステムです。他国と違い、制服組の上に背広組が君臨しているということは、即ち背広組が制服組を管理する責任があるということになります。
またこのような不祥事が起こった背景にはこのような我が国特有の歪んだシビリアンコントロールが問題ではないか。防衛省のシビリアンコントロールの体制に問題があるのではないか。この視点での報道、あるいは評論が見受けられないのは不思議です。
 
 メディアがやっているのは現政権の責任論ばかりです。これは極めて近視眼的な報道であるといえます。問題の本質はもっと深いところにあります。

 さて、守屋元次官の件ですが、前にも申しましたようにずいぶん前から検察は動いていました。またライバルを次々に粛正した守屋氏およびその子飼いの連中のタチの悪さ、例えばK課長がセクハラ三昧で、夜な夜な青山赤坂界隈で、分不相応な「夜の帝王」的な遊びをしているとか洩れ伝わっています(本当はもっと色々面白い話をしっているのですが、差し障りがあるのでこれくらいにしておきます)。
 
 この手の話は外部にいるぼくのようなものよりも記者クラブの方々はよおくご存じのはずです。これに関する怪文書も多数出回っております。社会部あたりと組んで守屋氏子飼いの連中の動向を調べればあれこれ面白い話がでたはずです。

 ところが何故か記者クラブ加盟各社は問題を問題にしてきませんでした。田岡元帥のように守屋氏を擁護する人もおります。これは極めて不思議としかいえません。

 ぼくは石破氏との共著で「守屋次官がクーデターを起こしたら…」というような話を書きました。シビリアンコントロールの観点からは制服組を政治家から遠ざけている内局官僚を厳しく監視すべきであるとの趣旨からです。統幕長がクーデターを起こすより、次官がクーデターを起こす方がその権限からすればより高い可能性があります。


 遡れば内局官僚の多くは警察出身でした。いまでは随分と防衛省生え抜きも育っていますが。
 つまり我が国では警察官僚が、警察と自衛隊という我が国の二大暴力装置を支配し、かつ情報組織まで牛耳っていたわけです。これをメディアは何ら異常と思っていなかった。

 防衛省だけでありません。厚労省にしても国交省にしても社会保険庁にしてもとにかく政治家を騙そうとします。問題はひとり防衛省だけではなく、我が国の官僚のビヘイビアにあります。その意味では官僚の権限を制限しようとした小泉内閣の方針は正しかったと思います。

 メディアは文民統制とはなにかといった、もっと広い視点から眺め、その実現のためにために自分たちは何をすべきかということを自問すべきだと思います。

小池大臣 VS 守屋次官  2007/08/15
http://kiyotani.at.webry.info/200708/article_14.html

シビリアン・コントロールと警察庁  2007/09/16
http://kiyotani.at.webry.info/200709/article_12.html






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軍事を知らずして平和を語るな

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