下流社会ブームは本当に深刻か
「下流社会」と言う本が売れてからこの方、「下流」やら「勝ち組負け組」やら「格差社会」なんぞという言葉が流行り、すっかり定着してます。林信吾あたりも類書を書いており、結構売れております。
だが、それほど深刻な「格差」が生じているのでしょうか。
それを疑う理由に日本では乞食を見ない(あるいは殆ど見ない)ことが挙げられます。ロンドンに行ってもパリに行っても、コペンハーゲンに行っても、乞食やホームレスの物乞いはいるものです。
ところが日本では乞食を見ない。ホームレスも物貰いをやらずに何とか生活している。こんな国は他にないわけです。
学力格差が広がっている、というが、日本人は大抵読み書きはできるわけです。これほど本が売れている国も珍しい。外国では読み書きがろくにできない層が結構います。
逆にエリート教育では欧米の方が圧倒的に優れているし、学生も死ぬほど勉強する(それがすべていいことだとは思わないが)。つまりトップとボトムの差が少ないんですな。
しかも欧米では中小企業でもホワイトカラーとブルーカラー、経営陣は色分けされています。経営陣は社内の専用レストランや社外のレストランで食事をします。ブルーカラーは弁当持ってきたり付近の屋台なんぞで昼飯を調達する。会社はブルーカラー用のキャンティーンではコーヒーなんぞも自動販売機で金を取る。
ここには歴然とした障壁が存在しているわけです。ですから「やつら」と「俺たち」という対立が先鋭化するわけです。
このような企業は日本にはほとんどないはずです。
ぼくらの親の世代では大学出ないと大企業では課長にはなれませんでした。逆に大学さえ出ていれば大抵の人間は課長にはなれたわけです。ところが現在は大学出ても一生平社員というのが普通ですから、逆に格差は減っているとも言えるわけです。
確かに一部では困窮している家庭も増えている。これは事実でしょう。ですが、それは90年代の不況時代の副産物です。それを深刻化しているのが老後の問題でしょう。いままで老後はそれなりに年金をもらえると思っていたら怪しくなってきた。また会社が倒産して退職金を貰えなくなった。つまり行く先の不透明感が増してきた。
もっとも自営業者や自由業の人間ははなっから退職金なんぞありませんが。
高度成長時代のように経済は拡大していくとは限らない、そういう常識が一般化してきて我をみるとなんとなく「負け組」だなんて思ったりするわけです。
それに一部の大企業と中小以下零細企業では昔から格差があったわけで、それを今更大変だ大変だとさわいでいる人も多いわけです。その大変さは高度成長期からあったのですが。
ですから、他の国に比べれば格差なんてたがが知れています。景気も回復してきているし、ぼくは楽観的に考えています。だたみんなが定量的に豊かになっていった高度成長期とは異なりある程度の格差は開くでしょうが、次世代が絶望するほどのものではないと思います。
今の格差ブームは運動会のかけっこでみんな一等賞ということにしておいて、じつは順位という格差が生じていることを発見したと大騒ぎしているような気がします。
だが、それほど深刻な「格差」が生じているのでしょうか。
それを疑う理由に日本では乞食を見ない(あるいは殆ど見ない)ことが挙げられます。ロンドンに行ってもパリに行っても、コペンハーゲンに行っても、乞食やホームレスの物乞いはいるものです。
ところが日本では乞食を見ない。ホームレスも物貰いをやらずに何とか生活している。こんな国は他にないわけです。
学力格差が広がっている、というが、日本人は大抵読み書きはできるわけです。これほど本が売れている国も珍しい。外国では読み書きがろくにできない層が結構います。
逆にエリート教育では欧米の方が圧倒的に優れているし、学生も死ぬほど勉強する(それがすべていいことだとは思わないが)。つまりトップとボトムの差が少ないんですな。
しかも欧米では中小企業でもホワイトカラーとブルーカラー、経営陣は色分けされています。経営陣は社内の専用レストランや社外のレストランで食事をします。ブルーカラーは弁当持ってきたり付近の屋台なんぞで昼飯を調達する。会社はブルーカラー用のキャンティーンではコーヒーなんぞも自動販売機で金を取る。
ここには歴然とした障壁が存在しているわけです。ですから「やつら」と「俺たち」という対立が先鋭化するわけです。
このような企業は日本にはほとんどないはずです。
ぼくらの親の世代では大学出ないと大企業では課長にはなれませんでした。逆に大学さえ出ていれば大抵の人間は課長にはなれたわけです。ところが現在は大学出ても一生平社員というのが普通ですから、逆に格差は減っているとも言えるわけです。
確かに一部では困窮している家庭も増えている。これは事実でしょう。ですが、それは90年代の不況時代の副産物です。それを深刻化しているのが老後の問題でしょう。いままで老後はそれなりに年金をもらえると思っていたら怪しくなってきた。また会社が倒産して退職金を貰えなくなった。つまり行く先の不透明感が増してきた。
もっとも自営業者や自由業の人間ははなっから退職金なんぞありませんが。
高度成長時代のように経済は拡大していくとは限らない、そういう常識が一般化してきて我をみるとなんとなく「負け組」だなんて思ったりするわけです。
それに一部の大企業と中小以下零細企業では昔から格差があったわけで、それを今更大変だ大変だとさわいでいる人も多いわけです。その大変さは高度成長期からあったのですが。
ですから、他の国に比べれば格差なんてたがが知れています。景気も回復してきているし、ぼくは楽観的に考えています。だたみんなが定量的に豊かになっていった高度成長期とは異なりある程度の格差は開くでしょうが、次世代が絶望するほどのものではないと思います。
今の格差ブームは運動会のかけっこでみんな一等賞ということにしておいて、じつは順位という格差が生じていることを発見したと大騒ぎしているような気がします。
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