イシグロ氏 文化勲章? 日本人は蒙昧と国際宣伝したいらしい。
朝方中央線にのっていたのですが、荻窪で乗ってきた20代と思われる女の子が、駆け込んできていきなり尻餅をつきました。ところが彼女、立ち上がる前に手にしてスマホをのぞき込んで書き込みを始めながら起き上がってきました。
恐らくはホームのエスカレーターでスマホいじっていて、列車が発車間際とわかって慌てて駆け込んできたのでしょう。これ、完全にスマホ中毒ですよね。
メンタルの面でも勿論なのですが、スマホの使いすぎは首に負担をかけるので頸椎症などの原因にもなるでしょう。また首の血流が悪くなるのであらゆる病気の原因になるかと思います。
まあそんな小言いってもウザがられるでしょうから何も言いませんでした。
しかし、列車の中はスマホいじっている人たちばかり。恐らく本もろくに読まないでしょうし、ネット情報にしてもPCの画面で見るより窮屈ですし、書き込みもしにくいので、長文の読み書き難しくなり、忍耐力も減退するかと思います。多少メンタルや健康を害するだけでなく、精神的に深刻な問題を抱える人もいるでしょう。
どこかでスマホに関する規制などを行う必要があるのではないでしょうか。
さて、本題です。
イシグロ氏 文化勲章? 「国家に功績」解釈分かれ
https://mainichi.jp/articles/20171013/k00/00m/040/122000c
>ノーベル文学賞受賞が決まった長崎県出身の英国人作家、カズオ・イシグロさん(62)に今年度の文化勲章が贈られるかが注目されている。ノーベル賞受賞者には文化勲章が授与されるのが慣例だが、勲章の対象となる「国家に功績のある人」に、日本も舞台にした作品を英国を拠点に英語で執筆しているイシグロさんが該当するか、解釈が分かれるからだ。文部科学相の諮問機関・文化審議会で近く検討される。
日本人は自分の見識で人の能力を判断することができない。他人、特に権威ある筋が認めたものを無批判にありがたがる、という傾向があります。
イシグロ氏が日本人であるか、否かというような議論の前に、ノーベル賞とったから文化勲章をあげましょう、というのは政府と、審議会が見識も無い、頭の悪い無能の集まりであると世界に宣伝するようなものです。
黒澤明や坂本龍一が海外で評価されると途端に「世界のクロサワ」とか「世界のサカモト」と日本のメディアもてはやす。これも同じでしょう。
美的感覚やセンスが皆無のOLがありがたがってヴィトンやエルメスのバッグやスカーフを買うのも同じです。
別にこれらのブランドのセンスや品質を理解しているわけではない。欧米で「偉い」「威張りが効く」と定評があるから、買っているだけです。本人にはファッショセンスなんか、皆無だったりします。
カネさえだせばセンスが買えると思っているわけです。
日本のアート界ではコレクターが自分の審美眼を信じて、新人の作品を買うことがすくないです。欧米で評価されたり、何かの賞をとった作家の作品を買いたがります。これが日本で新人が育たない理由の一つにもなっています。海外では新人を発掘して、人気になればその絵を売って利益を上げ、更にコレクションにつぎ込むという人も少なからずいます。
また海外ではアーティストが死ねば作品の価値や値段が上がるのが普通ですが、我が国では逆に下がったりします。それは画壇のボスに権力と権威があるから値段が上がって、死ねばそれが無くなるからです。
そんな作品に大枚はたくだけの価値があるでしょうかね?
ノーベル賞をとったから我が国でも勲章とか、●○栄誉賞とか、名誉県民にするとかいうのは、自分たちには文化を理解する能力も、感性も、センスもなく偉い白人の旦那方が褒めるものなら、牛のクソでも褒めますというようなものです。
自分たちの無能さを、そこまでして世間に宣伝する必要があるのでしょうか。
いい加減、海外で権威ある賞をとったから我が国でも表彰しようとか、勲章だそうとかいう土人根性から脱却して欲しいものです。こういうことをやっていると海外から尊敬されません。それともこういうのを「クールジャパン」というのでしょうかね。感性や品性、センスが寒すぎるという意味では確かにクールでしょうけどね。
恐らくはホームのエスカレーターでスマホいじっていて、列車が発車間際とわかって慌てて駆け込んできたのでしょう。これ、完全にスマホ中毒ですよね。
メンタルの面でも勿論なのですが、スマホの使いすぎは首に負担をかけるので頸椎症などの原因にもなるでしょう。また首の血流が悪くなるのであらゆる病気の原因になるかと思います。
まあそんな小言いってもウザがられるでしょうから何も言いませんでした。
しかし、列車の中はスマホいじっている人たちばかり。恐らく本もろくに読まないでしょうし、ネット情報にしてもPCの画面で見るより窮屈ですし、書き込みもしにくいので、長文の読み書き難しくなり、忍耐力も減退するかと思います。多少メンタルや健康を害するだけでなく、精神的に深刻な問題を抱える人もいるでしょう。
どこかでスマホに関する規制などを行う必要があるのではないでしょうか。
さて、本題です。
イシグロ氏 文化勲章? 「国家に功績」解釈分かれ
https://mainichi.jp/articles/20171013/k00/00m/040/122000c
>ノーベル文学賞受賞が決まった長崎県出身の英国人作家、カズオ・イシグロさん(62)に今年度の文化勲章が贈られるかが注目されている。ノーベル賞受賞者には文化勲章が授与されるのが慣例だが、勲章の対象となる「国家に功績のある人」に、日本も舞台にした作品を英国を拠点に英語で執筆しているイシグロさんが該当するか、解釈が分かれるからだ。文部科学相の諮問機関・文化審議会で近く検討される。
日本人は自分の見識で人の能力を判断することができない。他人、特に権威ある筋が認めたものを無批判にありがたがる、という傾向があります。
イシグロ氏が日本人であるか、否かというような議論の前に、ノーベル賞とったから文化勲章をあげましょう、というのは政府と、審議会が見識も無い、頭の悪い無能の集まりであると世界に宣伝するようなものです。
黒澤明や坂本龍一が海外で評価されると途端に「世界のクロサワ」とか「世界のサカモト」と日本のメディアもてはやす。これも同じでしょう。
美的感覚やセンスが皆無のOLがありがたがってヴィトンやエルメスのバッグやスカーフを買うのも同じです。
別にこれらのブランドのセンスや品質を理解しているわけではない。欧米で「偉い」「威張りが効く」と定評があるから、買っているだけです。本人にはファッショセンスなんか、皆無だったりします。
カネさえだせばセンスが買えると思っているわけです。
日本のアート界ではコレクターが自分の審美眼を信じて、新人の作品を買うことがすくないです。欧米で評価されたり、何かの賞をとった作家の作品を買いたがります。これが日本で新人が育たない理由の一つにもなっています。海外では新人を発掘して、人気になればその絵を売って利益を上げ、更にコレクションにつぎ込むという人も少なからずいます。
また海外ではアーティストが死ねば作品の価値や値段が上がるのが普通ですが、我が国では逆に下がったりします。それは画壇のボスに権力と権威があるから値段が上がって、死ねばそれが無くなるからです。
そんな作品に大枚はたくだけの価値があるでしょうかね?
ノーベル賞をとったから我が国でも勲章とか、●○栄誉賞とか、名誉県民にするとかいうのは、自分たちには文化を理解する能力も、感性も、センスもなく偉い白人の旦那方が褒めるものなら、牛のクソでも褒めますというようなものです。
自分たちの無能さを、そこまでして世間に宣伝する必要があるのでしょうか。
いい加減、海外で権威ある賞をとったから我が国でも表彰しようとか、勲章だそうとかいう土人根性から脱却して欲しいものです。こういうことをやっていると海外から尊敬されません。それともこういうのを「クールジャパン」というのでしょうかね。感性や品性、センスが寒すぎるという意味では確かにクールでしょうけどね。
この記事へのコメント
日本人にとっては「直接的な人間関係(で和を保ち摩擦や軋轢を避ける)」が全てで、それ以外のものなど大して重要ではありません。その「重要でないもの」の中には当然「科学」(それ自体)も「芸術」(それ自体)も入っています。ノーベル賞とかを貰った途端その人を持ち上げたりするのも、「自身の評価」を改めたのではなく、「世界が称賛するものを自分達が称賛しないのは、そうしないと世界から変な目で見られるのではないか」と思っての事ではないかとも思ったりします。
私も公共交通機関で働いている身としてスマホ問題は現実問題として共感します。 片手スマホで吊革に掴まらない
スマホなくても生活に支障ありません。私はガラパゴス携帯しか持ってませんが、仕事で不便と感じたことはありません。
便利な物は能力を退化? 頭使わなくなりますから。
それはそうと、陸自のUH-Xですが航空ファン編集部のブログにて質問させていただいたところ、情報は漏れ伝わって来ていないとのことでした。清谷さんの元には何か入っていませんか?
帰宅の道中で自転車帰宅者によく遭遇するのですが、これがかなりの割合でスマホを眺めつつ音楽再生アプリの音楽をイヤホンで聴きつつ、その上で無灯火ときています。
内心「いつかお前ら自身が死ぬか誰かを殺す事になるぞ?」と思いながら見ていますが、本当に危険ですよね。
毎年思うんですが、ノーベル賞ってそんなに有り難がって貰うようなものですかね?
自分の業績を誰かに大いに評価して欲しい人は嬉しいんでしょうけど(イシグロ氏の受賞で悔しがっているであろう「大作家」村上春樹氏などはその筆頭でしょうね)、皆が皆そういう人でもないでしょうに。
ダイナマイト商人のノーベルが作った賞がそんなに権威があるならむしろ我が国が発信して天皇陛下の御名の下に「天皇賞」でも作ってあげれば良いんじゃありませんか?(名前だけ見たら競馬のG1レースと同じですね)
世界的に見て我が国の皇室の持つ権威は世界最高クラスだそうですし、貰って喜ぶ人もいるんじゃありませんか?
このような軽率な意見が現れることこそ、日本人の劣化を示しているのではないか。
天皇の御名は、もっと畏れ多いものである。反論のため、やむを得ず書いたが、本来であれば、ここに書くことも憚られるものである。
外部のオカミサマを権威として担いで偉ぶる卑屈な文化は朝貢時代からの我が国の美しい伝統ですから、簡単には変わらないでしょう。いっそ「日本人はこんなに自分で考えないんです」と我の強い欧米人に大々的に宣伝したら、彼らの好奇心と社会進化論的自尊心をくすぐって観光が増えたりしませんかね。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51388?display=b
ブラックホークもNVG対応型コクピットの機体なら、安く早く調達出来そうですけど。やれ、FLIRだのなんだのと拘るから...。それに攻撃ヘリもヴァイパーで良いんじゃないですか?もちろん、ラ国生産なんてせずに完成品をFMSでも良いから輸入する方向で。
何で日本人がノーベル賞取ったことになってるんですかね
ノーベル賞をアホみたいに有り難がっている人々をくさす意見を述べようとしての事ですが言い方が不適切でした。
分かっていただけて、ありがとうございます。
世の中、反論されるだけで理性が消え失せる者が多い中で、このコメント欄に参加されている方は、ごく一部の例外を除いて理性的な方が多数なので、意見を述べやすいのだと思います。
あと、八王子は台風21号が接近しそうな予報なので、お気をつけてください。
イギリス人のノーベル賞をもてはやすなんて、他人の手柄の横取りでしょう。お馬鹿なことです。要は暇なのでしょう。
仲間内で権威付けすると「何であれが・あいつが」という人間が出てきて摩擦や軋轢を生じるので、外の権威を「利用」しているだけであって、本心では大切とも何とも思っていないのではないかと思われます。かつて鑑真和上が失明してまで日本に仏教の戒律を伝えましたが、その後日本の仏教は戒律を骨抜きにする方向に進みました。多分「(仲間内の)和なんかより戒律の大切だ」と言い出す人間が出てきて、仲間内の和が乱される事を恐れたのでは。
台風は確かに凄かったですね、あれだけ強烈な奴は久しぶりでしたよ。
家がぐらぐら揺れて中々怖かったですし傘を壊すだけなのでロクに買い物も行けませんでした。