靖国合祀可否を研究=陸自、イラク派遣前の03年-「組織的関与は困難」

 陸上幕僚監部がイラク派遣部隊で殉職者がでた場合靖国神 社への合祀(ごうし)が可能かどうかひそかに研究していたことが12日明らかになった。という報道です。

 な~んだ、あたしゃ先月はじめにはその話を聞いていました。
 
 実は研究だけではなく、実際に陸幕および、OBが靖国神社に確認にいっています。こんなことならもっと早くブログに書いておけばよかった。

 で、靖国神社の回答は否、合祀はしないそうです。

 それは「戦死」じゃないからだそうです。A戦犯だって「戦死」じゃないわけですから、少し融通を利かせてもいいと思うのですから。

 靖国合祀に関しては本人の意志を確認しておくべきでしょう。自衛隊でも今後のことを考えるのであれば合祀を望むか望まないかをあらかじめ隊員各人に確認すべきです。

 昨今戦死者遺族が合祀を止めてくれと裁判まで起こしておりますが、これについては「本人の意志」の確認についてはあまり議論にならないのは不思議です。
 遺族は嫌でも本人は靖国がいい、という場合でもあるでしょう。特に遺族が耶蘇に入ったり、怪しげな新興宗教に入って合祀止めてくれと言い出している場合もあるでしょう。
 そりゃ戦死したご本人は浮かばれないでしょう。
 
 これは後出しじゃんけんみたいなもんですから門前払いすればよろしい。
 どことは言いませんが、某巨大新興宗教団体の信者は祖先の墓を打ち壊したりまでしていますからねえ。
 もっとも本人も生前から嫌だといっていたならばそれは仕方ないでしょうが。

 合祀に関してはまず本人の意志を確認すべきです。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060812-00000056-jij-soci

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この記事へのコメント

pongchang
2006年08月12日 22:20
それは何でも一緒。決断力の無い家族に癌治療を一方的に決定された日には。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/jieitaiingousi.htm
山口県護国神社合祀に関わる判例

それはそうと本人の意思がはっきりしていても70歳をこえていると家族の同席が求められる時代ですから。きっと会長も頭取も取締役会の評決に家族の同席が必要なんでしょう。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060812AT2C1102511082006.html

だから、本人の意思は組織にせよ家族にせよ「お構い無し」なんでしょう。
フラップ
2006年08月13日 01:38
エントリーと関係無い質問ですみません。
清谷さんは軍事ジャーナリストと名乗っている神浦元彰さん
http://www.kamiura.com/をどう思いますか?
この人の評価や自衛隊・日米同盟に対する姿勢などを聞かせてもらえませんか。
一読者
2006年08月13日 08:53
>合祀に関してはまず本人の意志を確認すべきです。

同感ですね。宗教はまさに「個人の心の問題」ですから。その辺をいい加減にしてるとまた要らぬ政治問題化となるでしょうね。
もう時代は明治ではないのだし、何が何でも靖国が必要、とされてる訳ではないと思います。
2006年08月13日 21:55
神浦元彰さんですか・・・・ですね。
個人的には存じ上げておりません。
truly_false
2006年08月13日 22:42
ん~。ちと問題がちまうんで、例えばアーリントン国立墓地にはキチンと申請しないと葬って貰えませんが、靖国神社は、原則として国法に基いて戦地に赴き、彼の地での戦闘にて死亡(=「戦死」)した軍人を祭神とするところなので、「意志の確認」云々は問題とはならないワケです。つまり御国の為には犠牲を厭わないが、靖国に祀られるのだけはゴメンだとゆーことは、そもそもが無理なことです。ただ、件の「殉職者」についても、一応「国法に基いて」はいますが「戦闘」をおこなっていたワケではないので、よし任務上で「死亡」したとしても、靖国の祭神となるべき要件である「戦死」には該当しないってことでしょう。今後一戦ありそうなのは特アですが、まあ、核武装しときゃ無問題だと思ひます。
土門見人
2006年08月13日 23:09
 以前、ヤソに被れていた地連広報官の女房(といっても、嫁ぎ先の宗教が仏教だったため、それが原因で家庭内離婚状態)が、殉職した亭主の護国神社(靖国だったか?)への合祀問題で、「妻の希望を最優先すべき!」と、亭主の意思を無視して叫び、最高裁まで行って負けた事件がありました。本人の意思がしっかりしていても、おかしな外野が出てくると、問題はこじれます。
truly_false
2006年08月13日 23:39
今日の『報道特集』でも、旧海軍幹部を親類に持つとかいう耶蘇教の牧師が“唯一神以外を崇めるのは云々”と言ふてをりましたが、お門ちまい杉です。故尾吹善人先生も靖国には否定的でしたが、件の合祀訴訟の原告には首をひねってをりました、“そもそも宗門ちまいな上にヨソの宗門なんて所詮《淫祠邪教》なんだろ。何が気になるんだ?”と。基本的に“宗教的人格権”なるシロモノは、イランみたいな国以外では認められようがありません(まあ別の意味で彼の国のごとくなりたいと望んでいるのかも知れませんが)
土門見人
2006年08月14日 00:45
 歴代靖国神社崇敬者総代には、小泉信三慶大塾長のようなキリスト者もいて、別に昔は問題ではなかったんですがねぇ。戦前、ローマ教皇庁は、「神社への参拝は、宗教行事ではないから、問題なし」という解答を日本の教区宛に出しておりますが……

「唯一神以外の……」という主張は、キリスト教の思い上がりに感じます。こちとら、別に神社が教会より上だとは思っていないが、あちらは神社を蔑まないと気がすまないようで。
truly_false
2006年08月14日 01:37
かの“三馬鹿”の救出に尽力なさったイラクスンニ派のクベイシ師は日本に招待された際、明治神宮を訪問し日本人の篤信ぶりにいたく感心してをられますたが、むろんイスラム教のファトワでも異教への“敬意”なら払ってもよいとはされていると思ふんですがねえ。プロテスタントはそれ以前ってワケですかい(また日本を訪問するイランのアヤトラは必ず広島を訪問しそして必ず件の“碑文”に首を傾げるんだそうな。ラフサンジャニ師は路傍の市民を尋問し深意を質すも文字通りとの答えを得ワカメに陥ったとか)
2006年08月17日 23:10
宗教に関して我が国は非常におおらかである、というで、こういう国では宗教を巡って深刻な対立なんぞは起きないわけです。
 
2006年08月17日 23:12
耶蘇に関してはザビエル以降延々と布教を続けても未だに日本を教化できないうらみがあるんでしょう。
耶蘇の人って特異な人格の人が少なくないのは何故なでしょう。
D・Dダレル
2006年08月26日 11:06
同じ神を信仰しているはずなのに拡大解釈がまかり通るのが不思議。恐ろしい程の潔癖主義者から統一教会だの摂理だののレイプ教団まで何でもあり。プロテスタントの成り立ちを飲み会の席で聞いたんですが呆れてしまいました。
よく、家族が早死にすると「かの人は神に愛されたんだよ」とかぬかす奴に出くわすと張り倒したくなる。神だから何やってもいいのかよと。
まあ日本でも拡大解釈の果てに暴走を続ける巨大醜教があるわけですが。
そんな訳で我が家のスタンスは「神はいるだろうが俺みたいな奴の相手する程ヒマじゃない」と。
それでも信仰を勧めてくる連中には「あんたの神じゃ俺は救えない」と。
そういえば「ロックは悪魔の音楽です」とかぬかす日曜の朝っぱらから子連れで押しかける連中に「あなたはロックを聴きますか」と問われ、「聖飢魔Ⅱ聴いてますが何か?」と答えた事も。
シロ
2006年08月26日 21:52
>ローマ教皇庁は、「神社への参拝は、宗教行事ではないから、問題なし」という解答を日本の教区宛に出しておりますが……

でも、日本のカトリック団体は、靖国反対のデモをやっていました。総本山の見解をどう思っているのでしょう?そんなことより、まともに礼拝も出来ない中国の隠れキリシタンを助けてあげればと思うのですが、中国でデモを起こすのは怖いから、安全な日本で騒いでいる方が楽なのでしょう。

>宗教に関して我が国は非常におおらかである、というで、こういう国では宗教を巡って深刻な対立なんぞは起きないわけです。
 
織田信長も宗教が、政治に介入するのを嫌っただけで、それさえなければ宗教そのものに関しては寛容だったようですよ。
あまり、硬くならずに宗教をお祭り感覚で捉えればいいのかもしれません。第一祭り自身も、元は神仏や先祖への感謝、慰霊行為、豊作祈願など宗教行為でしたしね。
何かの本で読んだのですが、クリスマスも元をたどるとゲルマン人の謝肉祭だったそうですよ。
sleep
2006年08月26日 23:57
>D・Dダレルさん

デカルトの影響受けた唯物論的「理神論」
では、神様はこの世界を作って、それ以後
何にも関わりは持ってない、という考え方
だそうです。
私も信仰は持たない人間ですが、これなら
許せるかな、と思ったりしますが、どうで
しょうか?
2006年08月29日 23:40
追悼施設は何かしら「宗教的なにおい」がするものですし、それがなければ追悼施設になりません。「科学的」にいえば霊魂の存在は確認されていませんからねえ。

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