【国家の品格】藤原正彦教授は現実主義者か、共産主義者か?その④

 藤原氏は(市場原理)のルールそのものが市場原理主義であるとし、
「会社が従業員のものではない、というルールは、私の理解を絶する論理である。
 株主とは通常、株式を安く買い高く売ることでキャピタルゲインを狙う人々である。
 会社との関係は買ってから売るまでの期間に限定される。一日の場合でも一週間や一ヶ月の場合もある。
 株式保有期間中の株価上昇だけを願っている。売り抜けた後は株価の下落を望む人もいるだろう。再びチャンスがくるからだ。会社への愛情は皆無といって良い。
 しかるに従業員は、多くの場合会社を愛している。日本の企業では愛社精神が強い。学校出てから定年まで働く人も多い。会社にとって株主とは比べられない人々である」と述べています。

 この文章を読んで、まずこの人の経済知識は中学生レベルとあたしゃ思いました。株式会社、株式市場を全く理解していません。

 そのそも株式会社とは多くの人が資本を出し合って会社をつくったり、大きくしたりするものです。出資の見返りにリターン、配当を受けるわけです。
 株主は有限責任です。会社が傾いたり、莫大な負債を抱え倒産しても、追加の投資を強要されることもなければ、資産を差し押さえられることもない。単に出資した資本を失うだけで済むわけです。 これが個人で事業を興したのであれば、家屋敷まで取り上げられて丸裸にされるわけです。これを無限責任といいます。
 また経営者も同様で会社が破綻すれば職を失うことによって有限的な責任をとるれば済むわけです(日本では個人保証を強要されていますが)。
 また第三者や市場から資本を調達することにより、自分に資本が無くても事業を興せるようになったわけです。

 近代資本主義ではこれにより資本と経営を分離したわけです。でもって資本を細分化し、その出資者の責任を有限にしたことで資本の調達を容易にしたわけです。

 藤原氏は株主を「キャピタルゲインを狙う人々」と決めつけていますが、明確な誤りです。本来株主は事業で上がった収益から利益を配当として受け取ります。
 この配当はキャピタル・ゲインではなく、インカムです。つまり株式投資ではキャピタル・ゲインとインカムの二つの収益があるわけです(更に、株主優待といのもありますが)。
 キャピタル・ゲイン、即ち株価の値上がりによって得られるマージンは、市場に上場しないと得られないことはいうまでもありません。
 本来配当が第一であり、次にキャピタルゲインありきなのです。

 ところが日本の株式会社は配当を極めて低くおさえてきました。つまり株式からの配当が期待できないわけです。これでは資本主義ではないのですが。

 ですから、いきおいキャピタル・ゲインに期待するしかないわけです。となると株式市場は賭場と化すわけです。これは資本主義としてあまり健全とはいえないでしょう。 
 
 本来株式は投資です。これぞと思う会社に投資する、その会社が儲かればその一部が投資に対するリターンとして配当されるわけです。市場で株式が公開されていれば、業績の良い企業や将来性のあると見込まれた企業の株式はプレミアがつくわけですが、これがキャピタルゲインです。本来株式投資は長期で行うものです。
 それは配当とキャピタルゲインの両方からの利益が期待できるからです。

 投資家の中には惚れ込んで自分の応援したい企業の株のみを保有するような人もいます。例えばニコンのカメラが好きだからニコンの株を買うとか、ソニーファンだからソニーの株を持っているとかいう人は多いはずです。
 そういう人はその企業については熟知していますから、危なげなく資産形成ができる可能性は高いでしょう。この手の人たちは株価が急騰すれば売り、下がれば押し目買いをしますから、企業にとっては株価の調整弁になります。そのような売買が可能であればこそ長期保有が可能とも言えます。

 また機関投資家やファンドは普通長期投資を好みます。ばくち打ちのような株の売買は好みません。個人投資家でも実はデイトレーダーのほとんどは儲かっていない、寧ろ長期保有の方が儲かる率が高いということは投資家の間では常識です。

 会社四季報には企業情報として主要な大株主名が記載されています。藤原氏の主張が正しく、ほとんどの投資家は短期売買を好むのであれば、会社四季報が店頭に並んだ時点でその情報は全く意味をなさなくなっているはずです。
 そのような項目自体存在していることがナンセンスです。

 またコンシューマと繋がっている企業は株主優待なる制度を持っているところが少なくありません。映画会社だったら映画のタダ券がもらえるとか、レストランだと食事券がもらえるとかといったものです。
 藤原氏の言うとおり、投資家が短期売買のみであるならばこのような株主優待という制度自体ナンセンスです。

 つまり藤原氏の投資家はゲインだけを狙っているというのも、短期の売買を好む、会社に対する愛着がないというのも、事実ではないわけです。
 脳内で仮想現実を作り、それをリアルワールドのことの様に批判しているに過ぎません。それはいい歳をした大人のやることではないでしょう。

 それでも派手な仕手戦や信用売買、デイトレーディングを好む人もいます。しかしマーケットというのはいつでも誰でも売り買いできるというのが原則です。
 一度株を買ったからには五年間は最低保有しろ、とか一度に持ち株を売るのはまかり成らんという規制をするならば市場は閑古鳥がなくでしょう。そうなれば市場で資金を調達している企業はバタバタと潰れるでしょう。藤原氏はそれがお望みなんでしょうか。

 投資はいいか投機はケシカランという主張がありますが、実際問題として誰が投資しているのか、誰が投機をしているのかという明確な線引きは不可能です。たまたまホリエモンのような輩がでてきたから市場というものはケシカランというのであればそれは如何にも短絡的です。

 市場の仕組みをどう使うかはその人の勝手ですし、市場の中では「投資」と「投機」の間に明確な線引きを引くこと自体ナンセンスです。
 
 ある銘柄を長期保有していても、状況が変化した場合は即日処分をする場合もあるでしょう。株が不動産のように売買に時間も手間もかかれば、それはリスクをいたずらに増やすだけですから市場から資金は逃げていくでしょう。
 お金とは臆病ないきものですから。こういう仕組みを投機に使う人も多々いるわけですが、それはコインの裏表みたいなもんです。ウラを使う奴がケシカラン、コインなんぞ無くしてしまえと言うのは極論です。
 藤原氏の主張は資本主義の否定です。ですが、共産主義を貫くとどうなったかはソ連、東欧の末路をみれば明らかでしょう。

 そもそも外部の人間が自社株を買うことによって生じるリスクが嫌だというならば、そもそも上場しなけりゃいいんです。
 実際大企業でもサントリーのように上場していない株式会社もあります。
 
上場は強制ではないのですから。

 ですが、上場すれば金融機関からカネを借りるよりも遙かに低コストで市場からカネを集めることができます。ホリエモンもこれをやったわけです。
 
 藤原氏や上場企業が株主、特に大株主が資本の論理を振りかざしてモノをいうのはケシカラン、というのであればそれは、換言すると
「俺たちは市場からタダ同然の金利でカネを集める権利があるが、ウチの株を買った連中には配当なんぞ払わん。株価が下がってもすぐに売るんじゃねーぞ、俺たち社員が損するから。お前ら株主には俺たちに奉仕する義務があるんだ」
ということになります。こういう態度には品格がないとぼくは思います。
 
 縁もゆかりもない他人様にカネを出せ、見返りは無いぞ、しかも自分たちに都合のいいように株は持ち続けろ、株価が上がっても売るな、下がっても売るな。でも損をしてもそれはお前ら自身の責任だ、という主張に理は全くありません。
 だれが人の金儲けを助けるために慈善事業みたいな真似しますか。

 藤原氏は株式市場を廃止すれば良いというのでしょうか。それとも大企業を国営化すればよいというのでしょうか。
 その場合、企業は安く資金を調達する手段を失うことになります。戦後企業の国営化を進めた国は多かったのですが、経営が非効率となり、民営化されるのが流れとなっております。

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この記事へのコメント

guest
2006年02月17日 05:50
The All 1/2

オッホン! 
詳細に国際労務上からこの問題を調査したので教える。「悪しきグローバリズム」が持つ原罪
とは、国家(幕藩)を崩壊させる必然や、種の永続性に問題を内蔵していると気付くべし!
経済学が国家(幕藩)を基準としている限り、
「悪しきグローバリズム」には絶対に対抗が
出来ない。企業の本質を、きれいごとで判断せずに、泥臭くその本質を見極めるべし!

最小の資本
最小の設備
最小の労力
最小の経費
最小の仕入

この基本概念の基で、財貨知の最大を得るエゴイズムの追求機関である。元請け、下請け、*次下請との重層的取引関係において、ビジネスアンフエアーがそれぞれの階層間で発生する理由でもある。


guest
2006年02月17日 05:52
The All 2/2

地球環境の維持/保全/浄化、すなわち、種の永続性と対立したり、国家(幕藩)エゴと対立を引き起こす。企業に幻想を抱くこと無く「悪しきグローバリズム」の拡大が国家(幕藩)と対立する場合において、各国家(幕藩)が「悪しきグローバリズム」に擦り寄る政策が行われがちであるから、各幕藩領民へんの苦役となること多し。正社員をリストラし、大和新世代、外国人(派遣企業を経由して)を非正規社員(非正規職員)へ切り替えがが行われて下流(奴隷化と奴隷の選別化)階層が激増している理由である。国際労務上から、一国家(幕藩)基準の労働法が形骸化している理由なのだ。

極論すれば、国家なる粗雑な組織に人類が依存している限り、どんな論も「悪しきグローバリズム」が持つ原罪を論破は出来ないのだ。

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