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zoom RSS 「終戦記念日」は現実逃避。敗戦の事実を受け入れよう。

<<   作成日時 : 2017/08/15 15:51   >>

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さて毎年恒例の「終戦記念日」がやってきました。

メディアもこぞって「終戦記念日」特集を組んだりしています。


でもね、終戦ではなくて、敗戦でしょう。

大日本帝国は軍や政治家、メディアの当事者意識も能力も無い、間抜けなクズたちが調子こいて、勝てもしない戦争してあげくに特攻みたいな現場に犠牲だけ押しつけるクズのような作戦までして、全国民はもとより、他国にまで不要な迷惑をかけて、ぼろ負けしました。

日本は負けたの、敗戦なの。
負けを認めようよ。


それを「終戦」というとなにか、マイルドになった気がするのでしょう。
同じ事象を、呼び方を変えると、あたかも別なことにような気になって安心する。
でもそれは単なる現実逃避でしかありません。

で、みんな自分たちは被害者だ、アイゴ-、アイゴー、と叫んでカタルシスを得る。だからいつまで経っても被害者意識の情緒でしか戦争を捉えられない。

最近では自分が日本人という事実しか誇れないようなレッドネックとか、ホワイト・トラッシュみたいなクズ白人同様のクズ日本人が増えて、戦争や特攻を美化したり、ロマンを求める増えております。

で「終戦」と未だに言い続けている。これでは戦争の反省や総括をしていると言えないでしょう。

戦時中も撤退を「転身」、全滅を「玉砕」という言葉遊びで、現実逃避をして、非現実的な自慰的な作戦を続けて、無駄に将兵に戦死、病死、餓死、自殺を押しつけてきたわけです。

ところが戦争が終わっても、「終戦」だものね。大東亜戦争以外、内外の戦史で負けた話しでは「敗戦」というのに、この戦争だけは「終戦」あたまがおかしいとしか思えません。

だから戦後も軍隊持たないから自衛隊だ、戦車じゃなくて特車だ、迷彩戦闘服を、迷彩作業服だなどと強弁してきました。

売春を援助交際と呼ぶのも同じ精神構造です。売春というと心理的なハードルが高いので援助交際というと罪の意識や実行するためのハードルが低くなるわけです。

だから防衛省や稲田朋美元防衛大臣、自衛隊の最高司令官たる安倍晋三総理も南スーダンPKOでの「戦闘」と「衝突」と言い換えて平然としている。

であれば安倍首相を狙撃して撃ち殺しても、これは狙撃ではなく、「物理的批判」だと強弁すれば罪に問われないことになるのではないでしょうか。
AということをBと呼び変えて、あたかも別なことになったかのようにごまかすのは卑怯だし、過去を反省することにはなりません。

まず教科書や役所の公的文書から「終戦」という言葉を一掃すべきです。
併せてメディアでも原則的に「終戦」という言葉の禁止を法的に決定すべきです。
努力目標にすると絶対変わりません。法律で強制しないと無理です。

「敗戦」を受け入れるべきです。
いい加減大人になりましょうよ。










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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
ま、そういうことですね。
敗戦を終戦なんて言い換えてるから「次は絶対こんなへまをしないで勝つぞ」って気概が湧いてこないんですよ。
別にこれは戦争に限りません。
2番じゃダメなんですか?ってのもある意味負け犬根性です。
やるだけやっての2番目と最初から1番を目指してない2番では価値が違ってくると思います。
八王子の白豚
2017/08/15 23:55
この終戦という言葉が作られた当時の日本人が、負けたと思っていなかったからでしょう。
本土決戦をやったら勝てたと。
もちろん、そんなことはなく、集団催眠状態に過ぎませんが。

あのまま集団催眠状態で戦争を継続していたら、彼我に膨大な人的物的被害が生じたことでしょう。

その救いようのない集団催眠状態を玉音放送で目覚めさせ、戦いを終わらせた昭和天皇の偉大さを思い知らされます。
真の愛国者ゆりか
2017/08/15 23:56
メディアだけでなく、政治家(特に某宗教団体傘下の与党とか)も言葉遊びが好きですよね。例えば、「障害者」を「障がい者」と呼び換えたりとか。換えたところで状況が改善されるわけでもないのに。言い出した本人にしてみれば、選挙の際に実績としてアピールできるのでしょうけど。
KU
2017/08/16 11:23
清谷様へ

敗戦記念日は私の誕生日です。故に誕生日を祝ってもらったことはありません。喪に服す日ですから。耐え難きに耐え、忍びがたき忍び
敗戦の原因は何でしょうか?国力の差だけではないでしょう。軍部の官僚化、政治家・官僚・軍人の保身なのか?マスコミが権力と同一化したのか?総括が必要です。ノスタルジーや宗教の平和論よりも歴史の客観的な分析が必要だと思います。
元キャプテン
2017/08/16 11:51
「終戦」は、まあ百万歩譲ってポツダム宣言にも終戦と書いてあるから良いにしても、「連合国」を「国連」とか、この手の欺瞞が多すぎますわ。
マリンロイヤル
2017/08/16 14:47
英語については、全くの素人だが、素人なりに必ず史料の原文にあたることにしている。

その結果、以下のように理解していた。(素人の判断ゆえ、間違っていたら、正しい文法を教えてください。)

to end は、不定詞の形容詞的用法だから、end は、名詞ではなく動詞として扱うべきである。
正式な日本語訳は、名詞として訳されているようだが・・・
真の愛国者ゆりか
2017/08/16 19:09
お邪魔します。
 日本人にとって終戦の日は「血と死と人の恨みに穢れた軍事から解放された日」であり、「敗戦」といった「他者(他国)との関係」など眼中に無いのでしょう。無論今でも日本は軍事とは縁が切れておらず、相手がある以上自国の一存「だけ」でどうにもならないものですが、「縁を切ったつもり」であり続けるには目を背け続けるしかないのでは。
 近い将来中国か北朝鮮に関して玉音放送が行われるかもしれませんが、その時には「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍ぶ」主体は無くなるのかも知れません。
ブロガー(志望)
2017/08/16 22:57
高須克弥院長が終戦記念日の前夜に靖国神社でニコニコしながら自撮り。で、批判の声に対しては「楽しく靖国に参り、心は真剣にお祈り。何が悪い?」というかなり無理筋なツイートをリツイートして反論した模様です…
https://twitter.com/katsuyatakasu/status/897314859414466561

高須院長は他人の墓の前で笑顔でピースできるの?
それとも「靖国は墓ではない、英霊の顕彰施設だ!」と弁明するのかな?
取りすがりのサラリーマン
2017/08/19 19:18
そうそう
引け目があるような部分に言葉の変換が行われる
直接的な単語に薄紙を被せ輪郭をぼやけたような感じにする
女遊びを貧困調査とポジティブに言い換え胸を張る前川さんはツワモノと言える


abcd
2017/08/20 03:10
別に墓地で故人を笑顔で慰霊しても構わんと思うが
靖国は神社だし
神社でいつから笑顔やピースサインが無礼になったのやら
ほんと意味不明だよね
abcd
2017/08/20 03:48

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