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さて、東京都の青少年保護育成条例改正案の審議が継続されることになりました。 といっても、先延ばしになっただけで安心できる訳ではありません。 メディアの多くはこの条例改正の問題点を理解していません。 条文を読んでいないではないかと思われる例も多々あります。 しかも東京都側が反対派の挙げる理由に対する反論をそのまま鵜呑みにしている例がこれまた少なくありません。 例えばテレビ朝日の19日放映の「スーパーモーニング」では18以下のキャラクターの裸や、見た目が若くても、設定が18歳以上だったら取り締まりの対象になることはないと報道していましたが、典型例です。 条例を読めば都側の主張が条例の内容と乖離していることは明白です。 平たくいえば、都側嘘をつき、テレビ屋さんがそれに騙されたということです。 この条例案の最大の問題は都側が主張と条例案の内容の大きな乖離にあります。 取り締まりの対象は極めて限定されているという主張とはまったく裏腹で解釈次第では何でも取り締まれるような内容になっているわけです。しかも警察出身の副知事はじめ、警察利権の臭いがプンプンします。 刃物の取り締まりで銃刀法の取り締まりの対象とならないような、アーミーナイフや爪切りまでも取り締まれる「軽犯罪法」とどうような運用をされる危険性があります。 また主張や取り締まりのねじれや、木に竹を接ぐような主張が多いのも問題です。 児童(18歳未満ならば、1歳でも17歳でも児童です)の目に有害な図書が触れないようにするといいつつ、オトナがそれを見ることも、所持することも禁止しています。これは明らかに主張がねじれています。 「青少年」と「児童」という言葉の使い方も混乱しています。 例えば小学生未満は幼児、小学生は児童、それ以上、18歳未満は青少年とうように定義を行って議論をおこなうべきです。 実際問題としてすべての「すけべえ」は青少年の目にはいるから規制すると条例では読めます。 18未満のあらゆる性交に関する描写が規制の対象と読めます。それは青少年の保護以上の思想統制とも言える内容です。 また都側の主張は単なる担当している役人の見解にすぎません。 役人は2年ぐらいで異動しますから、次の担当者が違う解釈をすれそれまでです。 産経新聞の何故小説が規制の対象ににならないかというと都側は以下のように答えています。 http://sankei.jp.msn.com/entertainments/game/100318/gam1003180500000-n1.htm 「文章による表現は受け手の能力を要するが、漫画やアニメは視覚的に年齢問わず、認識してしまう。小説に比べ、知識のない子供が影響を受けやすい」 つまり東京都は18歳未満のガキはバカだから、まともに文字を読めないと言っているわけです。 かつては知事閣下と同様に小説を書いていた「文学者」(笑)の端くれとしてしていわせて貰えば、むしろ小説の方が遙かに有害です。ビジュアルはそれ以上の妄想を生みません。 対して活字は妄想を無限に生みます。 たとえばマンガやアニメの内容が100として、それが生み出す妄想が1.2倍とか、1.5倍に対して、小説の生み出す妄想は5倍にも十倍にもなります。 優れた映画監督が映画やビジュアルしか見ないということはありません。殆どの監督は読書家です。漫画家にしても同じです。妄想や想像が限定されているビジュアルだけみていてまともな作品はできません。そのことからも活字文化の影響力がいかに大きいかわかります。 実際問題としてその昔「太陽の季節」にかぶれた若い衆が「太陽族」となって「性風俗の乱れ」が日本中に巻き起こって、社会問題になりました。都側はそのような事実はなかった、「太陽族」は修道士や修道女のような清らかな生活をしていたと主張するのでしょうか。 この条例案を肯定するならば、小説も含めるべきです。 その場合、当然ながら知事閣下の「太陽の季節」は勿論、村上春樹や村上龍といった日本を代表する作家の多くの作品が規制となります。 また源氏物語や好色一代男のような古典も同様です。 故大藪春彦やフランス書院の女教師ものや女子高生ものはほぼ全滅でしょう。 小説を除外するのは二重基準以外のなにものでもありません。 都側の主張が「事実」であるならば、これらの多くの作品は対象にはならないわけですから、安心して小説の規制を行えば宜しいかと思います。 この規制が通るのであれば次は暴力が規制の対象になることは明らかです。 「白河の清きに魚も住みかねて、元の濁りの田沼恋しき」 という江戸時代の狂歌があります。白河藩主松平定信が老中首座となり、極めて厳しい風紀粛清を含む、寛政の改革をおこないまいしたが、改革は破綻し、財政も悪化、それを揶揄した歌です。 文化とはだいたいいかがわしいものから生まれます、歌舞伎だってそうです。 ウィーンにしろパリにしろ、退廃した都市生活から現在「優れた文化」と評されるものが生まれています。 いくら立派な建築物を造っても平壌では文化は生まれません。 つまり、「いい文化」と「悪い文化」に二分するとはできないし、時代によっても、「いい文化」と「悪い文化」の基準は変わります。 【参考】 アニメ、漫画の児童ポルノ規制で都議会が混乱 http://sankei.jp.msn.com/politics/local/100318/lcl1003182323010-n1.htm 青少年健全育成条例改正案の成立に関する緊急要望書を提出 http://ptatokyo.jugem.jp/?eid=179 「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例」について(要請) 社団法人日本図書館協会理事長 塩 見 昇 http://www.jla.or.jp/kenkai/20100317.html 防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備 (中公新書ラクレ) 中央公論新社 清谷 信一 ユーザレビュー: 間違いだらけの清谷信 ... FXを巡る議論につい ... 間違いだらけの兵器選 ...Amazonアソシエイト by ![]() |
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都青少年健全育成条例改正案 「文学」は高尚だがマンガ・アニメは下劣が石原都知事の本音
都青少年健全育成条例改正案:再提案へ 性的漫画規制、都が対象作品を明確化http://mainichi.jp/select/seiji/news/20101123ddm012010032000c.html ...続きを見る |
清谷信一公式ブログ 清谷防衛経済研究所... 2010/11/28 11:46 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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無関係ですが・・・ |
シロ 2010/03/20 22:56 |
いかがわしさの無い文化には厚みがありません。 |
クマのプータロー 2010/03/21 06:37 |
いつもこういう論議が起こるたびに思うのですが、一般のマスコミを含む多くの情報を伝える人たちの中で「文化」というものをきちんと理解している、自分なりの考えを持っている人はどれだけいるんでしょうか。ほとんど皆無な気がします。だから有害=即時撲滅だったり、絶滅しそうだと言われると手のひら返して保護しようとしたり、どこぞの鯨保護団体と同程度な考えしか持てないのではないでしょうか。清谷氏の著書にずっと以前から書かれているように文化とは何ぞや、何故保護する必要があるのか、何故大切なのかをそうした人たちが自分なりに考えてみるようでないといつまでたってもこうした問題の本質を伝えることはできないと思います。 |
SNK22 2010/03/21 08:22 |
何かの記事で都側の人間が、「ハレンチ学園は、(この条例では)取締りの対象にならない。」とコメントしていたけど、まさに運用者次第でどうにでもなると、自ら言ってるようなものですね。 |
黄昏の男爵 2010/03/22 05:36 |
「気にくわないから規制しろ」と声高に叫ぶ人、それを利用して利権を図る人、もういい加減にして欲しいですね。 |
Null_Devices 2010/03/22 12:32 |
個人的に気になるのは、今回の改正案が実に用意周到に計画され、文字通り電光石火の速さで審議、採決に向かって動こうとした、と言う点でしょう。 |
北極28号 2010/03/23 18:20 |
やっぱり…漫画とかアニメって印象悪いのかな…; |
イル 2011/01/09 14:43 |
小学生でも買える様な少女漫画にフェラシーンや男性が女の子の性器を |
白川 2011/01/14 23:29 |
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