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zoom RSS 【月刊サイゾー連動企画】藤原正彦 坊やの品格

<<   作成日時 : 2006/05/20 00:25   >>

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 今月発売の月刊サイゾー6月号、「英国かぶれ、武士道大好き!藤原正彦の『危うい品格』」なる特集で林信吾と藤原正彦氏に関する対談をやっております。

 ぼくはこの人の主張していること、例えばアメリカ式資本主義の否定、子供に国語教育を充実させよ、小学生から英語を教えるなんてけしからん、日本人として気位をもて等々、殆どは賛成です。

 が、同時にこの人の文章を読んでいると無性に腹が立つんですな。これが。

 それはこの人は理念だけのレベルでやめておけば良い話を、現実レベルに当てはめて滔々と説くからです。

 彼はおよそ金銭的には何不自由のない恵まれた家庭に生まれ、しかも学校の外に出たことがない、つまり世間というものを知らないお坊ちゃまだからです。

 現実の話を交えると途端に論の粗と、世の中の現実の対する無知から生じる傲慢さが目につくのです。

 例るならば理論物理学の学者が工学、実際の工場の設計や運転などについてトンチンカンな批評を語るようなものです。
 理屈はそうだけど、現実の工場では実験室とは違うスケールと過酷な環境でプラントを動かしている。化学反応にしても実験室レベルとちがって量産してカネを生まなくてはならないわけです。
 いくら理論を振り回して工場は動かんわけです。理屈で工場がまわるならだれも苦労はしませんわな。

 ぼくの出た大学では工学部を「末は土方か油差し」と揶揄する歌がありましたが、一面真理をついております。
 
 で、しかも金持ちといってもプチブルで、麻生大臣みたいな富豪でもない。で、話の端々に大金持ちに対するプチブルのヒガミみたいなものを感じます。貧乏人の負け惜しみかもしれませんが。
 個人的な経験からするとフランス人もそうなんですが、プチブルという人種はブルジョワに劣等感とヒガミをもっていることが多いようです。
 あたしゃ、プチブルとブルジョワの境界線というのはいまいちわかりませんが。

 金儲けは不潔だ、と言わんばかりの主張をなさっていますが、この世の中、例え中国だろうと北朝鮮だろうと、キューバだろうと共産国でもカネがなければ回っていきません。

 ぼくも国家ととして実学だけではなく、基礎学問も重要だと思いますし、今の国公立大の独立行政法人化に際してもあまりに短絡的に「来年の1万円より今日の百円を拾う」的なせこい経営も賛成できません。
 藤原氏は江戸時代に数学が発達したことを誇りにしておりますが、それは先物取引など藤原氏の忌み嫌う「市場経済」が高度に発達していたことが少なからず影響しております。単なる無知ならともかく、歴史を都合の良いところだけつまみ食いするのは品性に欠けると思慮いたします。

 数学のような直接カネを生まない学問がそれなりにできるのは実学に力をいれ、工業を興し、経済的に発展したからです。
 ジンバブエやらシエラレオネとかアフガニスタンでは無理でしょう。ノート鉛筆もなく今日の食事に事欠くようでは数学は発達しないでしょう。

 人はパンのみに生きるにあらずですが、その前に「衣食足りて礼節を知る」というのが前提です。経済的基盤なくして学問無しです。
 
 結局氏の主張は財政の裏付けも考えずに福祉の充実を唱えてきた「福祉ボケ」の共産党や社会党と同じです。

 しかも、国公立の大学の教授は人殺しでもやらない限りクビにならないようです。人の論文を盗用しようが、女子大生に関係を迫ろうが数ヶ月の減俸程度で済むのですから。我々「民草」の常識では普通懲戒解雇になると思うような犯罪行為を行ってものうのうと定年まで勤め上げて、退職金を手にすることができる無責任な特権階級なのです。

 まして、年の授業の半分を休講しようが、何十年も同じノートで講義しようが、おなじく論文を書かなくともクビにならないし、降格もされません。正にぬるま湯です。能力が無くてもボス的な教授の腰巾着をやっていればその内教授になれます。

 逆に能力があっても疎まれるといつまでたっても教授になれません。それどころか大学からいびり出されます。
 藤原氏をはじめ、アカデミズムの人たちがこういういい加減な「成果主義」とは無関係なだらけきったシステムを放置してきました。その結果、独立行政法人化による効率化を求められているわけです。藤原氏の言は天につばを吐くようなものです。
 
 言わせて貰うと「あんたがたが役にも立たない学問やっていれられるのは『額に汗して』働いている世間の皆様や、実学で金儲けをした企業の納めた税金やで」ということです。
 皆様のおかげで、我々は学問でやらせてもらっております、という謙虚さが必要でしょう。それが藤原氏には感じられません。

 独立行政法人化という「黒船」が来たと騒ぐのは勝手ですが、世間ではそれを身から出た錆と申します。


 まあ、一言でいえばこの人、ガルマ大佐みたいなもんですな。

 


【国家の品格】藤原正彦教授は現実主義者か、共産主義者か?その@
http://kiyotani.at.webry.info/200602/article_15.html

【国家の品格】藤原正彦教授は現実主義者か、共産主義者か?そのA
http://kiyotani.at.webry.info/200602/article_16.html

【国家の品格】藤原正彦教授は現実主義者か、共産主義者か?そのB
http://kiyotani.at.webry.info/200602/article_17.html

【国家の品格】藤原正彦教授は現実主義者か、共産主義者か?そのC
http://kiyotani.at.webry.info/200602/article_18.html

【国家の品格】藤原正彦教授は現実主義者か、共産主義者か?そのD
http://kiyotani.at.webry.info/200602/article_19.html

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変節漢、藤原正彦教授の品格なき二重基準
 大ベストセラー「国家の品格」(新潮新書 2005年初版)で有名な御茶ノ水女子大学教授、藤原正彦氏は週刊新潮でエッセイを連載しております。  今週の回(今書店に並んでいる号:2014年10月30日号 *明日10月29日(水)まで売られています。)は、時節柄ノーベル賞のお話でした。 ...続きを見る
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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
 >現実の工場では実験室とは違うスケールと過酷な環境でプラントを動かしている。

 藤原正彦さんはなんか机上の空論のような発想で、するどこといっているんですが、市場現場の皮膚感覚が希薄してるんではないかと思います。
ソクラテス
2006/05/20 22:35
国際労務上から見た超企業とは「悪しきグローバリズムの国際拡散者(社)」たる側面を持
ち、国家なる粗雑な幕藩体制を隷属せしめ、
超企業に有利となる労働法を各国に制定させ、下流の下に奴隷階層を激増化させる。残念なが
ら、どこの大学教授にも泥臭い企業活動を理解させることは非常に難しい。コストパフォーマンスの真の意味も大学教授に理解させることは
絶望的である。米国の教授が日本の路地裏家内職者まで、泥臭く調査するのとは大違い。好漢−藤原正彦教授には、
●地球規模の善き合理性
●種の持続寄与
視点で、世界を見ることができないのが残念な
ことに思える。



guest
2006/05/21 09:03
 人間自分の体験できないことの方が多いわけです。ですから想像力というものが備わっています。藤原氏にはこの想像力が足りないのではと思います。
キヨタニ
2006/05/26 17:46
>正にぬるま湯です。

何年前のアカデミズム批判にのっかった大学観ですか?
うあ
2007/12/18 16:55
古い記事へのコメントで恐縮ですが、大学は大変競争の厳しい世界ですよ。私は経済学が専門ですが、大学院を出てそもそもアカデミズムのポストに就けるのは半数くらいだと思います。
藤原さんのような純粋数学の世界はもっと前からさらに厳しいと聞いています。彼が数学者に成り立ての頃のアメリカでの厳しい状況は「若き数学者のアメリカ」で描かれていますが、日本も同じようなものだったでしょう。工学部のように実益がないだけに、ポストが非常に限られているのです。人文学系も同じように厳しい状況です(東大大学院からケンブリッジに留学し戻り30半ばを超えても非常勤ポストしかない優秀な人を二人知っています)。卓越した実績が必要です。
確かにテニアのポストについてしまえばかなり自由になりますが、これはその前のプロ野球なみに厳しいセレクションを通過した後の話です。
まさ
2008/07/17 20:13
ついでにいうと、大学教員にも成果主義が導入された結果、今おこっていることは論文の切り売りです。一つの論文がどんどん短くなっていっています。数が重要だからです。もちろん質は質でチェックが入ります。ランク付けされた国際ジャーナルへの採用数です。結果として長期間かかる骨太の研究は倦厭されています。成果主義も一長一短で難しいものです。
まさ
2008/07/17 20:24

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